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異常なクダリ

「ただいまー!」
「お帰りなさい。」



パタパタ、スリッパの音を響かせながらひょっこりとクダリさんはリビングに現れた。人懐っこそうな笑顔を再度私に向かけ「ただいま」と反復した。そうして私を痛いくらい、苦しいくらいぎゅうぎゅうと抱き締める。抱き締め返してあげると、クダリさんは喜んで更に痛く、苦しくなるからやらない。



「えへへ。名前大好き。」
「はいはい。クダリさんお腹空きました。」
「そうだね、ぼくも!今作るから待ってて。」



立派なコートを脱ぎ捨てて慌ただしくキッチンへ走って行った。残された私は足元に捨てられたコートを拾い上げ、ハンガーに掛けてあげる。そして暇になればソファーに座りテレビを観てるだけ。紐のような生活だ。いや、紐のような、ではなく実際に紐なのだけれど。綿sがこんな生活を送っているのは、監禁紛いなことをしているクダリさんのせいである。ある時急に告白されて、私の返事など聞かず、まるで言えたことに対する自分へのご褒美といった具合に私はクダリさんの済むマンションに監禁された。最初こそ出たいし、ポケモンが心配だった。しかし、今では荷物もあるし、ポケモン達も手元にいる。元々人間不信でコミュニケーション障害のようなところがあった私には今の生活に不満はない。クダリさんは優しいし何でもしてくれる。大勢の人と付き合うのは苦手だから、クダリさん一人と話すくらいなら苦にはならない。言わないけれど、私が欲しいと言えば何でも与えてくれるだろう。意外と料理も上手で律儀に朝食と昼食まで用意してくれる。夜には遅くなるというのに、こうして夕飯を作ってくれる。何がどうして不満など抱こうか。



「名前ー!ご飯出来た!」
「はーい。」



クダリさんは洋食を好む。オムライスにコンソメスープ、サラダにデザートのプリンまである。それ等全てをテーブルに運び、二人で食事。疲れているだろうに、クダリさんはニコニコしながら今日どんなことがあったのかを楽しそうに話す。今日バトルで負けなかった。書類しなかったらノボリさんに怒られた。お客さんからお菓子を貰った。適度に相槌を打ちながら私は私で数少ない今日の出来事を話す。特に面白くもないテレビの話。そうこうしているうちに、あっという間に食事など終わってクダリさんはお風呂に向かった。暇だった私は星が綺麗だったから窓を開けてクダリさんが戻るまでぼうっとしていた。



「名前?」
「はい?」



長いことぼうっとしていたらしい。お風呂上がりで髪の毛を濡らしたままのクダリさんがリビングに突っ立ってこちらを眺めていた。かと思えば、私を窓から勢いよく引き離した。あまりの勢いに床に体を打ち付け倒れた。しかし、クダリさんに倒れた私など見えていないようで、そんなことより窓を閉めることを優先していた。倒れた時に打ち付けた体が痛い。



「名前、何してるの?なんで窓開けたの?」
「え?」
「ダメ。止めて。こんなことしちゃダメ。汚い、穢れちゃう。ダメダメダメダメダメダメダメダメ。」



まくし立てるように責め立てられ、何も言い返せなかった。馬乗りになったクダリさんが私の腕を床に押さえ付け、ギリギリと骨が折れそうになるくらい握り締める。私が痛みに顔を歪めても、クダリさんは「ダメ。汚い。ぼくのなのに。」そんな言葉を繰り返すだけだった。



「名前名前、名前、名前……。」
「……クダリさん?ごめんなさい。もう窓開けたりしません。」
「………本当?」
「はい、本当です。」



疑うように、不安そうに私を見詰めていたが、本当、とその言葉を言うだけで力が少しばかり緩んだ。私から退こうとしたであろうクダリさんを引き留めて、そのまま抱き締める。チラリとクダリさんを見遣ると、驚いた瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。そして、それを合図にわんわん声を抑えもせず泣き出した。抱き締め、あやす様に背中を撫でながら、この人は異常だと感じた。こんなに純粋なように見えて、俗世間など穢らわしくて、とても息など吸っていたくない、そんな風に考えているんだろうか。それこそ彼にとってポケモンなど生きる為のただの道具なのかもしれない。私は確かに人間不信でコミュニケーション障害の様なところがあるが、俗世間を穢らわしいなんて思う程腐っちゃいない。



「う、グスッ……名前、名前……。」
「もう寝ましょう?明日も早いんですから。」



こんなにも純粋に見えるのに、どうして人間って裏があって汚いんだろう。

*

ふふ、名前ってばきっとぼくがおかしいって思ってる。でもね、おかしいのはぼくだけじゃないよ。名前も変。ぼくに好きって言われて、そのまま監禁されちゃって文句も何にも言わないなんて、「普通」変なんだよ?名前の感覚なんてとっくの昔に麻痺しちゃってる。今更ぼくのこと異常だって思ったって、分かったって、もう 手遅れ。









――――――
どっちも異常。


2月26日 加筆修正



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