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浮気ノボリ

「あっ、ぁあん!」
「……………。」



家に帰ると、彼氏の浮気現場に遭遇しました。元々は用事で一日家を開ける予定でいたが、急遽その予定がなくなったので彼氏のマンションにでも行って、日々お仕事を頑張る彼の為に夕飯でも作って労らおうか、と意気込んで行ったのだが、どういうことだ。扉一枚隔てた向こう側では彼氏であるノボリさんと私の知らない女の人が宜しくやってる訳だ。仕事があるって嘘ついてまで、その女の人とギシアンしていたいと。そう思うと今までノボリさんと一緒に過ごしてきたことだとか、恥ずかしそうに好きだと告白してくれたことだとか、全てがどうでも良くなった。

***

「え?」
「聞こえませんでしたか?貴方様とお会いするのは今日が最後でございます。しつこく訪れるようでしたら、それなりに処置を考えさせて頂きます、と申したのですが。」



ひどく驚かれたご様子でしたが、何を驚いていらっしゃるのでしょう?元々わたくしが飽きたらそれでこの関係は終わりだと申しておりましたと言うのに。身なりを整えた彼女を送り出しわたくしは寝室元通りにしてからリビングに向かいました。

***

「名前、様?」
「こんばんは、ノボリさん。ちょっとここ座れ。」



女を送り出したらしいノボリさんは何食わぬ顔で私の前に立っている。玄関先で何か話していたようだったけれど、次に会う約束をしていたのだろうか。繕ったように笑顔を作っているつもりだが、どうしても眉間に皺が寄る。暫く唖然としていたノボリさんはたっぷりと間をあけてから慌てるようにして私が示した場所、私の目の前に正座した。ノボリさんの動作一つ一つを眺めてるだけで、わざとらしく思えて反吐が出そうだった。



「……名前様、いつお帰りに?」
「ノボリさんが女の人と仲良くしてる頃からです。」



わざと棘のある返事をすれば、長身である筈のノボリさんが小さくみえた。私だって本当はノボリさんを困らせるような言い方はしたくない。けれど、それくらいしてないとどうにも腹の虫が納まらない。怒りの行き場がないのだ。向かい合わせに座ったまま私は真っ直ぐにノボリさんを見詰めるけど、ノボリさんは私に一切目を合わせない。その所作が無言で後ろめたいことがあると物語っているようで、ずきずきと胸が痛みだした。浮気じゃない、なんて淡い期待をしていたつもりはないが、事実を突き付けられるのは相当堪える。



「浮気、ですか?」
「そ、そのようなことでは!」
「ないなんて言えませんよね?」



そう言えば苦虫を噛み潰したような顔が目に入った。今まで嘘を吐いていたのだから今だって嘘でも何でも吐いたら良かった。それなら未練も無しに別れてやるっていうのに。もしかしたら、それともこれも計算のうちなのだろうか。行き場のない怒りと、浮気されといてまだノボリさんを好きでいる自分の感情がないまぜになって、収拾がつかない。本当は怒鳴って別れてやろうと思っていた待っていた。しかし、いざ当人を目の当たりにすると、どうも言葉が出てこない。そんな自分の未練がましさに嫌気がさす。



「浮気していたことを百歩譲って許したとして、ノボリさんは私が嫌いですか?」



私はノボリさんがすきだ。けれど、ノボリさんがそうでないのなら、無理に私に付き合わせる必要なんかない。なによりそう気持ちが離れているのに付き合ってるなんて馬鹿みたい。ちらりと窺ったノボリさんは驚いた表情で私を見ていた。



「そのようなことはありません。わたくしがお慕い申しているのは名前様だけです。」



ドクリと心臓が跳ねた。嬉しい筈なのに、素直に喜べない。寧ろ胸が抉られるような気分。きっと、ノボリさんが浮気をしていた、なんて知らなければ今この瞬間の言葉を素直に受け止め喜んでいたことだろう。しかし知ってしまってはこの言葉すら嘘なんじゃないかと疑わずにはいられなかった。



「ノボリさん、別れて下さい。」
「…は?」
「私は浮気一つも許してやれない女です。元々ノボリさんと釣り合うような容姿でも性格でもないですし。ノボリさんのことも信用出来ません。そんな状態でお付き合いなんて出来ません。別れて下さい。というか別れます。」



言うだけ言って素早くリビングを飛び出した。一刻も早くこの場から逃げ出したい一心で。しかし、素早く逃げ出したにも関わらず早々にノボリさんに引き留められ、玄関までという短い逃走劇は失敗に終わってしまった。



「離して下さい!」
「名前様、少々落ち着いて下さいまし。」
「至って冷静ですが。」
「それならばわたくしの話に耳を傾けて頂けませんか?」
「嫌です。さっきも言いましたが私は浮気の一つも許せない女です。今、ノボリさんの顔を見るのも苦痛です。」
「っ!」



こんな直接的な言葉を言ったのは初めてかもしれない。力が緩んでるうちに振り解いて行ってしまおうと思ったが、それよりも先にノボリさんが私を担いでしまった。見えるのはノボリさんの背中だけ。



「なっ!何してるんですか!離して下さい!」
「いいえ。わたくしの話を聞くというまで離しません。」
「ノボリさんこそ話聞いてました!?私はノボリさんの顔も見たくないんです!」
「それも承知しております。」



再び戻ってきたリビング。高級そうなソファーに降ろされ、子供が縋るように隙間を作りたくないといようにノボリさんが私を抱き締める。勝手な人だ。自分で浮気をしておいて、別れたくないだなんて。腹が立っても思いの外強過ぎる力に身動きできず、怒りが蓄積していくだけだ。



「すみませんでした。」
「……何がですか。」
「貴方様以外の人と、寝たことです。」



腕の力とは反対に弱弱しく、小さな声でぽつりぽつりと言葉を紡ぎだした。こうまでされては、話を聞かない訳にもいかなくなってしまった。



「わたくしは今でも名前様だけをお慕いしております。この言葉に嘘はありません。しかし、浮気ととられる行動をしたのも事実でございます。お恥ずかしながらわたくし、その、欲が強く、名前様に触れられるようであればいつでも触れていたいのです。それは、あの、性交の意味、でございます。ですが、名前様はそれを望んではおられないように感じます。名前様の負担にはなりたくないのです。ただ、性欲は生理現象でございまして、どうすることも出来ず、あのような形になったのでございます。ただのいい訳ではありますが、どうか知っておいて頂きたいのです。わたくしが愛しているのは名前様だけです。」




捲し立てられるように言われて、追いつかない脳が必死に理解しようとするが、どうも容量オーバーのようだ。要はノボリさんは性欲が強いから他の人で済ませてたってこと?私のことを考えてのことらしいけど、それもどうなんだ。呆れが混じって自然と溜め息が洩れた。普段あれだけ無表情で仏頂面をかましているくせに、溜め息一つで体を酷く揺らすなんて、滑稽だ。



「……離れて下さい。」
「名前様……。」
「逃げません。あと、まだ許しません。反省して下さい。」
「はい。」
「あと、我慢できないなら言って下さい。私だってノボリさんが好きなんです。他の人とするなんて嫌です。」



後で気付いたけど、私相当恥ずかしいことを言った気がする。



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