sbms | ナノ
元彼ノボリ

「別れましょう。」



驚かなかった。薄々気付いていたし、このまま続けていたら、きっと私が言っていた。
理由は簡単だ。お互いに忙しくて、連絡を毎日取り合う程の若々しさなんてものはなくて、久しぶりに会ったと思ったらギアステーションで軽く挨拶を交わす程度。そんな程度。所謂すれ違いってってやつだ。だから、別に未練があるとか、引き留めるとか、そんな気持ちは一切なかった。ただ、分かった、と一言告げて、じゃあお仕事頑張ってね、と言葉を掛けてギアステーションを後にした。

***

ノボリと別れても、何も変わらなかった。いつも通り仕事して帰って寝て、また仕事して。味気ない。でも、ノボリと付き合っていても同じことだ。何も変わらない。今日はいつもより仕事が忙しくなるから早く来て、なんて言われたのが昨日で、憂鬱な気分のまま早起きして、いつも乗る電車よりも何本か早いのに乗った。欠伸をしながらホームまで歩けば、化粧をしたせいで目に溜まった涙を拭う手間が面倒だ。うとうとしながらギアステーションに向かえば、ラッシュ前の、いつもより少し閑散としたホームに違和感。喧騒に包まれてるいつもとは大違い。いつもこれくらいならいいのに。なんて、また一つあくびをしながら電車が来るのを待った。



「お久しぶりですね。」



声のする方に振り向けば、ビシッと制服を着こなしたノボリの姿があった。だが、そんな制服とは正反対でノボリの表情からは疲れが見てとれた。どうせまた徹夜をしているんだろう。そういえば、別れてから会っていなかったせいだろうか。気持ち的に、なんだかとても懐かしく感じた。



「久しぶり。なんだか疲れてる?」
「……ええ、まぁ。」
「隈も出来てるしやつれてる。ちゃんと寝ないと。栄養ドリンクに頼ってたって人間には限界があるんだから、気をつけてね。」
「ええ、肝に銘じておきます。」
「またそうやってはぐらかす。どうせ仕事するくせに。」
「おや、手厳しいですね。」



クスクスと笑う表情は柔らかくて、少しリラックスしたみたい。結局、別れても前とあまり変わらない関係に少なからず安心した。なんせ通勤で毎日使う場所で働いてるんだ。顔を合わせずとも視界に映ったりして気まずくなるのはご免だ。私も私で胸を撫で下ろしながら、あとは静かに電車を待った。ああ、寒い。



「名前には敵いませんね。」
「何を今更。」
「貴方ほどわたくしを理解しているのも、クダリくらいのものですよ。」
「そう。」



この車掌は暇なのだろうか。私の隣に立って、ただ世間話をしているなんて。しかし、まぁ、私にはそんなこと一切関係などないから、それについて口を出すのもおかしな話。眠気も相まって、素っ気なく、短い返事を返しても、ノボリはただ笑って隣にいるだけだった。



「恋人は出来ましたか?」
「そんなに軽く見える?」
「ふふ、すみません。そうですね。別れて数週間ですから、ね。」
「そういうノボリはどうなの?」



線路を見詰めながら質問を返した。別にノボリに彼女が出来ていても、どうということはない。別れたのだから。ただ、私だけ聞かれたままなのも、なんだか癪だから、だから聞き返しただけだ。冷たい風がマフラーやコートの隙間から入り込んでくるようで、小さく身震いした。



「………。」



ただひたすら線路を見詰めて、返事を待つ。しかし、暫くしても、ノボリが私の質問に答える気配はなく。ああ、これは無言の肯定というやつだろうと思った。別れて早々に彼女作るなんて、こいつもやるな、なんておかしな考えが頭を過る。いや、ここは怒るべきだろうか。好きな人が出来たから私と別れたの!って。考えられないな。そういうタイプじゃない。怒鳴ったところで、別れたんだから関係ない。無言を肯定と捉えてノボリが何か言う前に、ふーんと適当に返事をしてやった。



「貴方のことも」



見上げたノボリの表情はどこか寂しそうに見えたけど、そんなの私の気のせいなんだろうな。



「愛していましたよ。」



もう過去形なんだ。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -