Special Project

Valentine's Day
ーone step of the beginningー
千葉一樹


(随分早く起きちゃったな。もしかしたら…)

私は用意をして学校に向かった。



夏場ならともかく、この時季に朝練をしている部活はほとんどない。

可能性を捨てきれなくてグラウンドへ行くと…

(いた!)

彼はグラウンドの周りをひたすら走っていた。

選手権が終わった時点で3年生は引退なのだが、神坂先輩、早乙女先輩、風間くんとともに大会優秀選手に選ばれた千葉先輩は高校選抜合宿が終わったにも関わらず、いつも通り、走り込んでいた。

(千葉先輩らしいなぁ…)

選手権ではチームが一つにまとまり、決勝には進めなかったが夢の国立で試合をすることができた。

サッカー誌にも大きく取り上げられ、すっかり有名人になってしまった千葉先輩。

神坂先輩や風間くん目当てのギャラリーはたくさんいたが、選手権後は千葉先輩目当ての女の子も増えてきている。

実際に告白されている場面に遭遇したことがある。

何て返事をしたのかはわからない。

千葉先輩はプライベートのことを話さないし、ましてや私から聞くことなんてできない。

私は複雑な想いで千葉先輩を見つめる。

(一応、チョコは用意したけど…玉砕覚悟だな…)

しばらく見つめていると私に気付いたようでこっちに向かってやって来た。

「おはよう、鍵谷さん。どうした?ヤケに早いな。」

「おはようございます。珍しく早く目が覚めたので…あっ、私に構わず練習続けてください。」

「いや、もう終わりにしようかと思っていた。」

「じゃあ…タオルどうぞ。」

私は自分のタオルを千葉先輩に差し出す。

「すまない、ありがとう。」

私達は並んで部室に向かう。

「千葉先輩、合宿どうでしたか?」

「あぁ、やるだけのことはやった。選ばれなくても悔いはない。」

そう言い切った先輩の瞳には揺らぐものが何もなかった。

「そうですか…でも選ばれるといいですよね。」

「そうだな。あいつらと一緒に遠征に行きたいな。ところで…鍵谷さん。少し部室に寄って行ってくれないか?」

「あっ、はい…わかりました。」

(何だろう?よし、がんばって渡そう!)

部室に入ると千葉先輩はロッカーに向かい、小さな袋を取り出し、私に差し出した。

「え?これは…?」

「遠征のおみやげだ。」

「開けてもいいですか?」

「あぁ、もちろん。」

袋を開けるとシャーペンとボールペンが入っていた。

「うわぁ!かわいい!」

いわゆる『ご当地キ○ィちゃん』で合宿地の静岡らしくみかんの飾りがついていた。

「千葉先輩、ありがとうございます!大切に使わさせてもらいますね。」

ニコニコする私を見つめる千葉先輩は今まで見たことのないような優しく柔らかい表情だった。

「やっぱり、好きな人の笑顔を見るのはいいものだな…」

(え…千葉先輩、今私のこと好きな人って…?!)

カーッと顔が熱くなり、恥ずかしいが千葉先輩の瞳から目をそらすことができない。

「鍵谷さん、俺は君が好きだ。」

「千葉先輩…」

私はカバンからチョコを取り出し千葉先輩に差し出した。

「私も千葉先輩が好きです。受け取ってもらえますか?」

千葉先輩は私をそっと抱きしめて呟いた。

「君の存在なしでは、ここまで来ることはできなかった。これからも俺を支えてくれないか?」

私は大きく頷いた。

先輩は先に卒業するけど、いつまでもついて行こうと温かい腕の中で心に誓った。


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