メガネのあと | ナノ
ポカポカと春の日差しが窓から差し込む日だった。
「コナン君?」
さっきまで夢中で本を読んでいた彼が、肩にもたれかかってきた。スースーと気持ちよさそうな寝息が聞こえる。もたれたときに当たってしまったのか、メガネが少し顔からズレている。小学生にしては物知りな頭の重みで、メガネが鼻やこめかみに食い込んでしまいそうだ。ゆっくり、起こさないように気をつけながら、黒縁メガネをコナン君の顔から外した。
「そっくり」
メガネを外してしまえば、本当に小さい頃の新一にそっくりだ。目を閉じていても、似ている。
ふふっと小さく笑う気配を感じたのかもしれない。コナン君の目蓋がゆっくりと開く。
「……蘭?」
寝惚け眼で名前を呼ばれた。
「起きた?コナン君。メガネ、机の上に置いといたよ」
「!? あ、ありがとう蘭姉ちゃん!」
コナン君がいつも付けているレトロな黒縁メガネ。フレームが顔に当たって跡がつきそうだったから外した。それでも少し、コナン君の鼻根にはメガネの鼻あての跡がついていた。
「お昼寝日和だよね」
「そうだね」
慌ててまたメガネをかけながら、コナン君は頷く。小さく欠伸をしてから、また本に目を落としてしまった。
【メガネのあと】
「メガネ、曲がっちゃうよ……?」
「蘭?」
「え?」
「起きたみてーだな」
「新一?あれ?私……」
「メガネがどうとか……寝言言ってたけど?」
口元を緩めながら、私の顔を覗き込む。
本に夢中な新一の隣で、雑誌を読んでいたはずだ。それが、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
「コナン君が横で寝ちゃった夢みてて……」
「だからメガネか」
「メガネの跡がついてたなって」
鼻根の辺りがちょっとだけ窪んで赤くなっていた。
「この辺」
新一の鼻筋に触る。コナン君よりも高くて、スッと通った陰影ができる。
「蘭も、オレの肩だったから……頬に服の跡ついてる」
「え?うそっ」
「嘘」
新一はニヤリと笑いながら、片手で私の手を掴んで、もう片方の手で私の顔に触れる。
「もぉ!」
「やっぱいいな」
自然と溢れたような言葉。
「いいって?」
「この高さ」
確かめるみたいに引き寄せられた。
「蘭の頭が肩に乗る高さ」
そう言いながら、私の頭部に顎を乗せる。
「何してるの?」
「工藤新一を堪能してる」
「何それ」
顎を乗せたままスリスリと髪に頬擦りする新一が、なんだか可笑しくて笑ってしまった。
「コナン君のメガネ、多分コナン君には大きかったんじゃないかな?」
「そりゃー父さんの古いやつだったから」
「今も持ってる?」
「机の引き出しに」
新一が指さすから、興味本位で手にとってみる。
「どう?」
メガネをかけてみた。度は入っていないみたいだ。
「ダテにしか見えねー」
フッと吹き出すように、新一は笑った。両目とも視力はいいから、メガネをかけるのは初めて。
「変装」
「蘭は隠す必要がねーだろ」
メガネの奥に素顔を隠していた新一が、私がつけているメガネを片手で外す。コナン君よりも大きな手。
「こうする時も、邪魔だしな」
そのまま私の頬に手を当てて、軽いキスをする。優しい。胸の奥にホワンとあたたかさが広がるような。
新一の片手にはまだ、コナン君のメガネがある。
「貸して」
「まだ何かあるのか?」
「ちょっとだけ」
「そんな気に入ってたっけ?」
意外そうな顔をしている新一に、両手でメガネをかけてみる。真正面から向き合うと。
「あれ?」
「なんだよ?」
「なんか違う」
「違うって何が」
キョトンとしている新一がおかしくて。でも、やっぱり記憶の中の印象とは全然違って。
「新一がかけると大人っぽくなるね」
声が小さくなってしまった。目と目が合うとなんだかドキドキする。雰囲気がちょっと変わる。コナン君じゃない。知らない人みたい。
「コッチの方がいい?」
目線を逸らした私を見逃さなかったみたい。勘付かれたくなかったのに、こういう時の新一は鋭い。
「蘭ねぇちゃんはメガネが好き?」
「ちょ!そういうわけじゃなくて」
からかうような新一の声が楽しそうに響く。
「新鮮だっただけ」
新一も目がいいから、滅多にメガネをかけない。
「コナン君がおっきくなったらこんなだったのかな?って」
「同じだろ。オレなんだから」
その通りなんだけど。
「なんか……ちょっとドキドキしちゃった」
「へぇー」
あんまり興味がなさそうに、というかなんだか不機嫌そうに新一は相槌を打つ。
「もういいだろ?」
そう言いながら、腕が伸びてくる。全身を新一に包み込まれた。これはきっと逃げれない。
「とって」
目を閉じて、顔を寄せてくる。
「とってよ、蘭ねぇちゃん」
少し高く甘えたような声で。
「新一、自分でとれるでしょ?」
「蘭がかけたんだから」
新一の思惑通りに動くのがちょっと悔しくて、少しだけ抵抗する。
「とって、蘭」
促す声に導かれて、新一のメガネをゆっくり外す。超至近距離で、新一と目が合った。
私はどうしても恥ずかしくて目を瞑ってしまうけれど。新一は目に焼き付けるみたいに、一瞬の瞬きだけで深く口付けてきた。
「やっぱ、レンズ越しより何倍もいい」
幸せそうに笑う新一の顔を直視できない。
多分、今私真っ赤だから。
あんまり見ないで。