書いてみたやーつ
あのことなかよくしないで


自分の席に戻って読書を再開するあの女生徒は、これまで一体どんな人生を歩んで来たのだろう、とイリーナは思った。
中学三年生、まだ14かそこらの子供が、あんな目をするものなのかと。

あの目には覚えがある。ターゲットに近付く時、手練手管で骨抜きにした男達がイリーナに向ける目に、よく似ていた。
獣欲の色が混じる眼差しは、色仕掛けのプロフェッショナルであるイリーナでさえため息をついてしまいそうな程に熱烈だったが、『いとおしくてたまらない』と切なげに伝えてくるエメラルドは、しかしイリーナを通して誰か別の人間を見ているようだった。間違いない。表情が、忘れられない女がいる男と同じものだった。
あの女生徒には、ああいう熱を向ける相手がいる。それは確実だ、でなければあんな目はしない…出来ない。だが、それはとても奇妙なことだ。この国ではまだ異性の身体も知らないような年頃とされる少女が、何故欲を煽るような手つきでイリーナに触れ、まるで新婚の男が妻を見るような目をイリーナに向け、恋人にしたい女を口説くような台詞をすらすらと話すことが出来たのだろうか。
英語が話せたことは良いとして、Pick up lines(口説き文句)をすぐに一切の照れもなく自然に並べ立てたことには違和感が残る。女を口説き慣れている男でもあるまいし。
彼女にはきっと、口説くような相手がいるのだ。

「(でも…それにしては目の中の『影』が濃かった…。…あれじゃ、どちらかと言うと早くに妻を亡くした男みたいな、)」

いや、それはおかしい。
だがそれが一番しっくり来る。昔殺した、妻を失ったばかりのマフィアのドンが、確かちょうどあんな感じだった筈。
とすれば、彼女は――…。

「――おや?今日は随分静かですねぇ」
「!」

思考を遮るように、黄色のタコが教室に顔を出した。
反射的にナイフを投げるも、当然のように避けられる。まあ、今のは自分でも当たる気はしなかったので特に腹は立たない。
タコは暗殺されかけたことを気にした様子もなく、気色悪い笑い声を上げながら教室を見回すと、呆然としたままの生徒達を見て首を傾げ――最後に、あの女生徒で視線を止めた。動かない生徒達の中で、一人だけ読書をしているから気になったのだろうか。何か言うのかと思ったが、タコは結局何も言わずに視線をそらした。
いや、視線を止めたこと自体が気のせいだったのかもしれないが。

「ああ、そうそう。次の数学は小テストから始めますよ」
「え!?」
「ちなみに範囲は秘密です」

タコの言葉で調子を取り戻したらしい生徒達が、またがやがやと騒ぎ始める。そうして、ちょっとした時間の空白など最初から無かったかのように、教室の空気は元通りになった。
…腹立たしいが、あのタコのおかげである。

「休み時間入ったらノート見せて〜!」
「ヌルフフフフフ、付け焼き刃で間に合いますかねぇ」
「でも間に合わせるしかないんだろ?」
「うわーせめてペナルティは無しにして…」
「さてどうしましょう」
「…」

女生徒は、賑やかさを取り戻した教室にさっと視線を巡らせただけで、すぐにまた読書に戻った。分厚い文芸書はあと三分の一程度を残すばかりで、半分以上を読み終えている。だが、授業中に読書という彼女の不真面目な態度に何かを言う者は、もういなかった。
…『誰も』何も言わない。イリーナはその事に少しだけ違和感を感じたが、結局、何も言わずに授業に戻ったのだった。

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