書いてみたやーつ今だけはきらい
「英語で私を口説きなさい!!出来なかったら公開ディープキスの刑よ!!」
授業を聞かず、席でふんぞり返って本を読んでいた苗字さんに、ビッチ先生は怒りながらそう言った。
苗字さんの目の色から、海外の血が入っていると推理したのだろうが、それがイコール英語が出来ることには必ずしも繋がらない。英語で口説けなんて結構な無茶ぶりを、しかも苗字さんに。一体どうなるんだ、と苗字さんを見ると、彼女は読んでいた本を開いたまま机にひっくり返して置き、静かに立ち上がった。
かたん、という小さな音にさえ怯える僕らに訝しがるような視線を向けながらも、ビッチ先生は仁王立ちでさあ口説きなさい、と苗字さんを急かす。苗字さんは小さくため息をつくと、教壇に立つビッチ先生につかつかと歩み寄り、追い詰めるように黒板に勢いよく右手をついた。ダン!という大きな音を立てての壁ドンに、茅野が「ヒョッ!?」と奇妙な悲鳴を上げる。
「な、なによ!?」
「…――Hey,don't froun.」
「…は?」
教室内の時間が、止まった。
「You never know who could be falling in love with your smile.」
普段の苗字さんからは想像もつかない程、優しく、甘ったるい声音。
吐息混じりのそれは何を言っていのるかわからないのに、聞いているだけで赤面してしまいそうになる。
「If I kiss you,will I get slapped?」
苗字さんの左手が、す、と然り気無くビッチ先生の腰に添えられ、右手が頬をなぞる。二人の顔が近付いて、ビッチ先生が息をのむ音が教室に響いた。
苗字さんってこんな人だっけ。僕らからは苗字さんの背中しか見えないから、二人が本当にキスをしているように見えて、妙な気恥ずかしさに何人かが目元を手で覆い、僕は視線をそらした。
「…――Give me a fucking break.」
「!!」
「You're happy now?」
トーンの低い声が響いて我に返る。
苗字さんはビッチ先生から離れると、さっさと自分の席へ戻って行った。いつも通りの無表情で席につき、開きっぱなしの本を手に取ってまた読書を再開する。
…何だったんだ、今の。
思わず呆然として苗字さんを見つめる。滑らかな発音に、甘い声に、慣れた手つき。今見たものが現実なのかわからなくなる程に衝撃的な苗字さんの行動に、ビッチ先生すら黒板に背をつけたまま立ち尽くしていた。言葉を理解出来ずただ音として聞いていただけの僕らだって硬直してしまったのだから、間近で目も表情も見ていた上に言葉の意味も理解出来たビッチ先生はさもありなん。
しばらくして、余りに静かな教室を気にした殺せんせーが様子を見に来るまで、僕らは皆、茫然としていたのだった。
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しかめっつらしないで。君の笑顔は人を恋に落とさせるんだよ。
もし君にキスしたら、僕はひっぱたかれるのかな?
…やれやれ、これで満足か?
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