書いてみたやーつ
あなたの日常になるしあわせ


「では…御幸さん、ここの答えを――」
「あ?」
「あっ…いえ、やっぱり何でもないですすいません…」
「チッ」
「「「「「(生徒に負けるなよ教師…)」」」」」

殺せんせーは、何故か苗字さんに弱い。たじろいでいるというか、怖がっているというか。余り強く出られないようで、苗字さんに鋭く睨まれると、先生は一気にしゅん、としてしまう。
それは皆も気付いていたみたいで、時々、苗字さんがいない時なんかには議論がなされていたりする。ただ単に苗字さんに怯えている説と、弱みを握られている説が有力だが、なにぶん情報が無いので、いくら話し合っても結論は出なかった。


「…殺せんせーさあ、苗字さんにビビり過ぎじゃない?」

――事態が動いたのは、カルマ君の停学が開けてからである。

「何でそんなびくびくしてんの?」

僕達が気になっていたことを、カルマ君はあっさりと、殺せんせー本人に聞いてしまった。
殺せんせーはしばらくわたわたと触手を動かして誤魔化そうとしていたが、その場の全員(苗字さんは帰宅済み)の視線に逃げられないことを悟ったらしく、カルマ君にナイフを投げられたことをきっかけに、渋々といった様子で重い口を開いてくれた。

「…実は先生…ここの担任になってすぐ、苗字さんを怒らせてしまいまして…ちょっと、後ろめたさが…」
「ふーん…あんだけビビるって、何やらかしたのかな」
「うっ…」

ニヤニヤしながら問い詰めるカルマ君に、先生は冷や汗を流しながら目を反らす。

「…なに、しちゃったの?せーんせっ」
「…そっ、それはその…」
「ほら、俺達も同じ失敗しないように、一応聞いておきたいんだよねー」

ね?とカルマ君が教室の皆を見回すと、全員がこくこくと頷いた。
興味があるのは本当だし、あと、本当に『苗字さんを怒らせたくない』って思っているのもある。苗字さんが怖いのは、先生だけではないのだ。
しばらくうんうん唸ったあと、結局カルマ君の『じゃあ本人に聞いてみよっと』に負けた先生は、当時を思い出したのか、ずーんと雰囲気を暗くして話し出した。

「実は…苗字さんの音楽プレイヤーに入っていた無伴奏のカトリック聖歌を編集して、オーケストラ版にしたんですが…」
「?」

それは…グレードアップなんじゃないだろうか。
それで何で怒らせたのか、と首を傾げると、先生は二本の触手で顔を覆い、懺悔するように低く沈んだ声で理由を告げた。

「…亡くなった方の歌声だったそうで…その方の声を聞くためのものだったのに、よくも余計なことを…と…」

教室内が、しん、と静まり返った。
――苗字さんは休み時間等に、ちょくちょくイヤホンを耳にはめて何かを聞いている。もしもそれが全て、亡くなった人の声を聞いているのだとしたら。それは、それだけ大切な人の声、または大切な歌声なのだと推測出来る。
それを、勝手に編集して『余計なアップグレード』をしたのだとしたら。
…本気で駄目なやつだ。洒落にならない。流石にフォロー出来ないレベルで先生に非がある。

「幸いバックアップがあったそうで、次の日にはデータを入れ直していたようですが…先生、あの時の苗字さんのすごく絶望したような顔が頭から離れず…苗字さんの目を見るたび、あの悲しそうな姿を思い出してしまうんです」

さめざめと泣く殺せんせーに、僕達は何も言えなかった。
先生のしたことで苗字さんがどれだけ傷付いたか知らないから、軽率に「大丈夫だよ」なんて言うことも出来ない。
苗字さんが悲しむ姿を想像出来ない僕達には、ただ、殺せんせーが思っていた以上にとんでもなくやらかしてしまっていたことと、僕達が同じことをしでかす心配は無いだろう、ということしか、理解出来なかった。



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殺せんせー、渾身の失敗。

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