忠犬先輩のお手伝い


とある日曜の午前8時。


『もしもし、子犬っち?』

「黄瀬さん!おはようございます!!」

『はい、おはよー。いきなりなんすけど、今日これから大丈夫っすか?』

「特に予定はありませんが」

『じゃあ、午前10時に○○駅の近くの公園、青いジャングルジムがあるとこに来て!荷物はいらないけど、着替えとかあるから楽なカッコして来てね!』

「はい!(…着替え?)」

『んじゃ!』







午前10時の公園。平時ではあり得ない人混みが出来ているそこを、ジャージ姿にウエストポーチを肩からかけて、色透は少し離れた所から呆然と眺めていた。
何だこの騒ぎは。殆どが女性だろうか。各々めかし込んで、きゃあきゃあと騒いでいる。

それで察した。

本日自分を呼んだ先輩はモデルをしていて、しかも絶大な人気がある。彼が外にいたらそりゃあファンの方々が放っておかないだろう。

――つまり。


「僕が来るのが遅かったせいで、身動きが取れない状態に…!?」


がくり、膝をついて地面を殴る。

何て事だろう、慕っていると自負しながらその相手に迷惑をかけるなど、許されることではない!


「申し訳ありませ――」

「あ、君が栂敷君?」


遮られた。
顔を上げると、首からカメラを下げた男性が立っていた。とりあえず立ち上がり、誰だろうかと首を傾げていると、男性は続けて言った。


「黄瀬君に言われて来たんだよね?」

「え、あ、はい」

「ふむ…」


問い掛けにこくりと頷くと、男性は色透の頭の天辺から爪先、顔から指先に至るまで眺めた。隅々まで吟味する様に見る男性の視線がいたたまれなくて、色透は俯く。ただでさえ初対面は苦手だと言うのに。


「あ、あの」

「うん、オッケー。じゃ、こっち来て」

「え」


腕を掴まれて引っ張られる。

引かれるままについて行くと、人混みを迂回してその向こうに着いた。
ワゴン車とパラソル、小さなテーブル、折り畳み式の椅子、反射板、ライト、大きなケース、それとたくさんの大人。

そして、その中の一際人目を引く美貌。

自分を呼んだ先輩が、いつもの様にきらきらと輝いて、いた。


「あ、子犬っち――」

「黄瀬さぁあん!」

「うおっ!?」


自分の存在に気付いた先輩に飛び付くと、一瞬よろけながらも抱き留めてくれた。
自分とは違って、大きくて、筋肉質で、男らしい身体。
少しばかりの劣等感を抱きつつぎゅうと抱きつくと、ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。


「子犬っち、ちゃんと時間通りっすね!偉い偉い」

「はいっ(ほわわ」


褒められ撫でられ、色透はその表情を綻ばせる。その様子を見た黄瀬が内心「あれっ尻尾が見える気がする」と首を傾げていたのは本人は知らない。


「ま、いっか。んじゃー、この子頼んます」

「はーい」


べり、と剥がされると、え、と声を上げる間もなく後ろから羽交い締めにされた。
ずるずると後ろ向きに引きずられ、遠ざかる黄瀬に手を伸ばしたが、黄瀬は笑顔で手を振るのみで、助けてくれる様な素振りはない。
ワゴン車の中に引き込まれ、漸く解放されて中を見回すと、三人の若い女性が、笑顔で自分を囲んでいた。

何が起きているのだろう。


「あっ本当にちっちゃい可愛い」

(ちっちゃ…!?)

「さー脱いで!で、これに着替えてねー」


女性に引きずられる程軽い自分の身体にショックを受けて固まっているうちに、ひらひらしたワンピースを押し付けられた。同時に一人が色透のジャージの上着を脱がせにかかる。


「わっ身体うっす!ほっそ!」

「(薄っ、て…あのお兄ちゃんと一緒に育ってきたのにこの差は一体…)」


兄のような幼なじみを思い出してさらに落ち込む。彼は、自分と一歳しか違わないのに身長も筋肉も酷く差がある。
せめて少しくらい筋肉がついても良いのではないだろうか、と自分の薄い胸板を見下ろしてため息をつく色透には、自分が女装させられている事に疑問を抱く余裕はなかった。
――30分後。


「子犬っちやっぱ似合う!可愛いっす!写メ撮ろ!ね!って俺のケータイどこだっけ!?」

「さっきテーブルに置いてましたよね」

「あ、そっか!」


着替えた後にヘアメイクを施され、どこからどう見ても女子に仕立てあげられた色透がワゴン車を出ると、黄瀬は満面の笑みでそれを迎えた。
慌てて携帯電話を開き、カメラ機能で写真を撮り始める黄瀬に、これは何なのかと色透は首を傾げる。


「一緒に撮る筈だった子がインフルエンザで急に来れなくなっちゃって…代役して欲しいんすよ」

「成程、そういう事でしたか。僕で良ければ全力でやらせていただきます!」


写真を撮りながらすまなそうに眉を垂らす黄瀬に、色透はよろしくお願いします!と勢い良く頭を下げ、身体を九十度に折り曲げて礼をした。


「いやー、にしても可愛いっすね。子犬っちの写真、みんなに送っても良いっすか?」

「?はい、構いませんが」

「(笠松先輩とかどんな反応するかなァ)」






To:グループ:海常バスケ部先輩
title:無題
添付ファイル:201x04xx1123xx06
今日の撮影は○×公園です!
相手の子が急遽来れなくなったんで俺の後
輩に来てもらいました!
急な連絡だったのに来てくれたんですよ!
超良い子でしょ!
しかも可愛いでしょ!
マジ自慢の後輩なんですよ!(。≧∇≦。)
あ、撮影場所が近いんで、終わったらちゃ
ーんと自主練もしますよーp(^^)q

じゃっ今から撮影なんで(●´∀`●)/
失礼します!






考えながら、黄瀬の指は既にメールを打って送信していた。


「(あ、男の子って書くの忘れた)」

「黄瀬君、そろそろ始めるよー」

「はーい!さ、子犬っち!行こっ!」

「はい!」


まぁいっか、と携帯電話を閉じると、黄瀬は色透の手を引いてカメラマンの元へ向かった。



















「お疲れ様でしたー!」

撮影が終わり、スタッフ達が片付けを始めた13時過ぎ頃。
ファンの女性達にサインや握手をする黄瀬から少し離れた所で、色透もまた、女性達に囲まれていた。


「あ、あの…」

「女の子にしか見えないよねー」

「てゆーか、ちっちゃ!本当に15歳?」

「可愛いー」

「(うわー、子犬っち超モテモテ)」


撮影後に黄瀬が「あの子俺の後輩で、実は男の子なんすよー」とファンにサインをしながらぽつりと告げた事実により、色透は女装のまま黄瀬のファンに囲まれ、頭を撫でられたり抱き締められたりと一般男子に羨ましがられそうな待遇を受けていた。
幼い顔つきのせいで思春期の男子には見えないのか、扱いは小学生に対するそれに等しい。敵意がないのは良い事だが、子供扱いもあまり良い気はしないな、と色透は思った。


「黄瀬君の後輩って事は、帝光中?」

「は、はい…」

「バスケもしてるの?」

「して、ます」

「今度試合見に行っても良い?」

「どう、ぞ」


しどろもどろに応える様子すら女性達には緊張している様にしか見えないらしく、うぶで可愛らしいと黄色い悲鳴が上がる。
何をしても可愛い可愛いと騒がれるのではどうしようもない。…目上の人間が何をしても凄い凄いと騒ぐ色透が言えた義理ではないのだが。
黄瀬は黄瀬で、そんな色透を視界の端に収める度に笑いを堪えるのに必死である。女の子の様な姿で困惑する後輩もまた可愛らしいものだ。

黄瀬はキセキの六人の中では一番遅くバスケを始めたという理由から、謂わば後輩意識の様なものを持っていた。中学時代も自分を先輩と呼び(素直に)慕ってくれるのは色透くらいしかおらず、高校に上がれば当然の様に下級生である事もあり、結局堂々と先輩面が出来るのは基本的に彼の前だけとなる。
黄瀬が色透を溺愛するのも仕方のない事だった。


「あ、あの…黄瀬さん、が、これから、部活です、ので…その、あの、」

「え、何て?」

「ですから、き、黄瀬さんが」

「あ、写メ撮っていいかな!」

「あのぉ…」

(…あーあ、困ってる困ってる…かーわいー)


――その愛は少々歪んでいるかもしれないが。

身動きも取れずもみくちゃにされ、涙ぐみながらぷるぷる震える色透に、黄瀬は思わず小さく吹き出した。
面白がる黄瀬の目と色透の助けを求める視線ががっちり噛み合うと、黄瀬はやれやれ、と苦笑して、周りを取り囲む女性達を見下ろして少しだけ声を張り上げた。


「俺とその子これから用があるんで、そろそろ解散しても良いっすかねー?」


えー、とブーイングが上がるも、手を合わせてお願いすれば、みんな渋々だが頷いて道を開けてくれる。そうして後輩を女性達の中から引っ張りだしてやれば、彼はふらつきながら黄瀬の腹に抱きついた。


「大丈夫っすか?」

「…はい、なんとか…」


黄瀬は未だに目を回している色透の手を引いて、自分のカバンと色透のジャージとウエストポーチの入った紙袋を持つ。
色透が荷物を持とうと手を伸ばすと、黄瀬がカバンを持っている方の手を上に掲げてそれを避けた。
空振りして行き場をなくした手を再び伸ばしても、二人の身長差では色透の手はカバンには届かない。
頭上で揺れるカバンを取ろうと色透がぴょこぴょこ跳ねるのを、黄瀬は心底楽しそうに見下ろして笑った。


「はは、ざーんねんっ」

「黄瀬さんっ、どうしてっ」

「子犬っち、まだ衣装のままっすよ?女の子に荷物持たせてると思われちゃうじゃないっすか」

「ならすぐに着替えますから!」

「近くに着替えが出来る場所なんてないっすよ」


ワゴンも行っちゃったしね、と悪戯っぽく笑う黄瀬を、色透は困惑を浮かべた表情をして見上げる。


「でも…」

「まーまー。このままうちの学校おいでよ、着替えついでに、一緒にバスケしよ?」

「そんな、ご迷惑では、」

「子犬っち」


有無を言わさず「ね?」と笑顔を見せれば色透がもう何も言えなくなる事を、黄瀬は知っていた。迷惑なわけがない、と言ってもこの後輩はきっと謙遜してそれを聞き入れない。頭が固いのだ、彼は。無理矢理押し切るくらいが丁度良い。


「…んじゃ、まずは昼ご飯っすね!マジバで良いっすか?」

「あ、はいっ」


漸く頷いた後輩の手を引いて歩きだした黄瀬の表情は、それは楽しそうなものだった。



それはあくまでプロローグ





(ん?黄瀬からメール――っ!?)
(おー、可愛いな)
(是非とも紹介してもらおう!!)

(お?真ちゃんにメールなんて珍しいじゃん、誰から?)
(…マネっ子が犬の写真を送って来ただけなのだよ)

(…わ!いっちゃん可愛い!)
(桃井?どないしたん?)
(幼なじみの写真が送られて来て…)

(あ…)
(黒子、メールか?)
(あれ、その可愛い子誰!?)
(まさかカノ…)
(違います)

(へぷちっ!)
(あれ?子犬っち、もしかして寒いっすか?)
(いえ、大丈夫です。誰かが噂でもしているのでしょうか…ひゃぷっ!)
(くしゃみまで可愛いっすね…)


**********

なぜ色透が着替える前にスタッフさんが帰ってしまったのかというと、黄瀬が「似合うし、今日のお礼としてプレゼントする」とか言って衣装を買い取ったからです。スタッフさんは「ああ、着て帰るんだな」と思って帰ってしまいました。
普通に考えて着る機会ないだろうとか考えないのがうちの黄瀬。

ちなみに雑誌にはちゃんと「黄瀬くんの後輩の男の子が大変身☆」っつってジャージ姿の写真も載ってます。


さあ、他校に行くフラグがたったぞ…どうしよう((



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