忠犬負けられない闘いがそこにはある



好きです、からの、ごめん今は恋愛とか考えられないから。
お決まりのやり取りを終え、泣きながら走り去る女子生徒(名前は知らない)の背中を見送ると、黄瀬はため息をついた。女子が見たら歓声の上がりそうな憂いげな表情の裏では、モテ過ぎるのも考えものだ、と、世の男子が聞いたら怒り狂いそうな事を考えていたりする。


午前中に仕事で笑顔を振りまき、三限の途中に登校したら、可愛らしいデザインの封筒が靴箱に三通、机の中に二通入っていた。先程の子はその中の四人目、だったと思う。
正直名前も知らない子に付き合ってくださいなんて言われても困るので、黄瀬は全て丁寧に断っていた。断るならどんな態度だって良いだろと言われた事もあるが、如何せんモデルの仕事はイメージが大切で、どこから不利益な情報が漏れるか分からない為、紳士的な態度を取らざるを得ない。
女の子を傷つけないように気を使いながらやんわりフる、という面倒な事この上ない作業を強いられた黄瀬は、まだ午後の授業が始まってもいないのに、既に疲れてしまっていた。まさに今、その面倒な作業を四回程こなして来たからだ。
身体的な疲れは少し休めばなくなるが、精神的な疲れは癒されなければ無くならない。黄瀬は自分にとっての癒しが何なのかもいまいちわかっていなかったが、漠然と癒しを求めながら、教室に戻ろうとのんびり廊下を歩いていた。


休み時間の特別教室は人気がなく静かで、絶好の告白スポットらしい。昼休みに指定される告白場所はこの辺りである事が多い。現に自分がここにいるのもそういうわけだし、と黄瀬は一人頷く。


「…てか、皆この辺指定するけどよく被らな――」

「――ごめんね、こんなところに呼び出して」

「!?」


時間や場所が被って鉢合わせしたことはなかったなぁ、と溢しかけた瞬間に聞こえた声に、黄瀬は思わず自分の口を両手で塞いでその場にしゃがんだ。
何故しゃがんだのかというと、自分の体格故に見つかってしまうのを避ける為だが、廊下のど真ん中で縮こまる人気モデルの不思議な姿を笑う者がその場にいなかった事は黄瀬にとって幸運だと言えよう。
タイミング良すぎねぇ!?とパニック状態に陥りながらも、黄瀬の耳は声の出所をばっちり捉えていた。そっと壁に擦り寄って、戸を少しだけ開けると、隙間から覗き込む。
いつも呼び出される側の黄瀬は、他人の呼び出し事情がふと気になったのだ。
出歯亀だが、それを指摘する者はやはりいないので、黄瀬はワクワクしながら声の主を探した。

まず見えたのは女子。そして目線を移動させ、会話の相手を探すと――



「栂敷君、いつもはバスケ部の人達と一緒だけど…」

「(…栂敷…?ってまさか…)」

「いえ、あの、大丈夫です」


見えた横顔は、良く知った後輩のそれだった。


「(子犬っち!?マジ!?)」

「そうなの?もしアレなら、後で私から話しておくけど」

「本当に、大丈夫です、から」


口振りからして女子生徒は上級生だろう。
確かに彼は年上に可愛がられるタイプだが、恋愛対象として見られる事もあったのか?
もしかして『母性本能がくすぐられる』とかそういう?
等と推測しながら、黄瀬はこっそり成り行きを見守る。


「(おぉ…!なんか真剣な雰囲気!)」

「そっか。じゃあ、早速本題に入るけど…」

「(キタ!)」


雰囲気の事を言うなら、黄瀬に告白する女生徒達も真剣なのだが、如何せん本人は断る事すら面倒だと考えているので、黄瀬は毎回真面目には聞いていないのだ。


「…単刀直入に言うね。栂敷君、サッカー部に入らない?」

「(…え)」


ぴしり、と、黄瀬は動きを止めた。



「えええええ!?告白じゃないってか勧誘!?」

「っ!?」

「えっ誰!?」


思わず叫んでしまい、黄瀬ははっと自分の口を押さえる。が、時既に遅し。
ほんの少し開けていた戸が開かれ、顔を上げると、驚いた表情をした後輩が立っていた。


「黄瀬さん!こんなところで何を、」

「黄瀬君!?」

「(やべ、見つかった!)あ、あはは…」


とりあえず笑ってみたけど、こんなんじゃ誤魔化せてないだろう。黄瀬は冷や汗をだらだらと流しながら、頭をフル回転させた。

ああ、どうやってこの場を切り抜けよう。

だが黄瀬が打開策を思い付く前に、奥にいた女生徒が口を開いた。


「…黄瀬君、今の話聞いてた?」

「え、あ、うん」

「そう。…バスケ部に聞かれたのは想定外だったけど、まあいいや」

「へ」


どうやら気にしてはいないらしい。そして自分のファン等でもないようだ。
後者については少し複雑ではあるが、黄瀬は安堵の息を吐いて、女生徒に向き直る。
教室の中に入り、後輩の後ろに立つと、女生徒は後輩を見て再び話出した。


「それで、話を戻すけど」

「サッカー部…ですか」

「うん。私、サッカー部のマネージャーしてるんだ。…この前、栂敷君のクラスが体育でサッカーしてるの偶然見かけてね。君、サッカーの才能あるよ。凄く良い動きしてたし、是非サッカー部に」

「…ちょっと待った」


女生徒の言葉を遮ると、二人の視線が此方を向く。
黄瀬は眉間にシワを寄せ、小さな後輩の肩に手を置いて女生徒をにらみつけた。


「子犬っちはバスケ部っすよ」

「知ってるよ。私は転部のお誘いに来たんだから」

「させないっす」

「決めるのは黄瀬君じゃないでしょう」


ばちばちと火花が飛び散る両者の間で、取り合われている本人はおろおろと狼狽える。
まさか自分に取り合いになる程の価値があるとは思っていないのだ。


「栂敷君はサッカーでこそ輝くんだから」

「いやいや子犬っちにはバスケっしょ」

「バスケ部には君達や百人位の控えがいるんだから一人位貰ったっていいでしょ」

「サッカー部だって部員多いしエースなら中村?がいるらしいじゃないっすか」

「バスケ部のエースはスタメン分いるんでしょ?サッカー部のエースは一人しかいないんだから。しかもサッカーのスタメンって十一人なんだから!バスケ部よりエースの割合少ないんだから譲ってよ!」

「エースの割合って何!?」

「とにかく栂敷君ちょうだい!」

「ダメっす!子犬っちはバスケ部の子犬っちなんすから!」

「あ、あの、お二人とも落ち着い」

「「栂敷君/子犬っちは黙ってて!!」」

「で、でもっ」

「子犬っちお座り!んでもって待て!」

「はっはいっ!!」


黄瀬が指示を出すと、奪い合われている後輩は素早く膝を折り床に手をつく。
そうして犬の様な姿勢を取る後輩の姿に、女生徒は目を見開きわなわなと震える。


「…っな…何それ!?栂敷君は犬じゃないのに何その扱い!!」

「子犬っちは犬だから子犬っちなんすよ!!これで良いの!!」

「良いわけないでしょ!?バスケ部って後輩を犬扱いする様なところだったの!?もしかしてそれで栂敷君を毎日パシッてたわけ!?」

「誰彼構わず犬扱いするわけないじゃないっすか!!子犬っちは特別!!それと俺らがパシッてるんじゃなくて子犬っちが自主的にパシられてるんすよ!!」

「特別って何!?…はっ、ていうかそれいじめじゃないの!?パシッたパシられたは君達の言い訳なんじゃ、」

「そんなわけねぇっしょ!!」

「信じられないんだけど!!」

「(さっきチャイム鳴ったのに待ての途中だから喋れない…あと五分で本鈴なのに…)」


ヒートアップする言い合いを眺めながら、その原因はぼんやりと廊下の方を見ていた。恐らく次の授業でこの教室を使うのであろう生徒達が集まって来ているのだが、二人は気付かない。

律儀に動かず黙っている後輩は、眉を八の字に垂らし、くぅん、と犬の様に鼻を鳴らした。





「…何だこの騒ぎは」

「!」


唐突に現れた声が、「よし」と告げる。
それは紛れもなく先程の「待て」という命を終了させる合図で、知っている人物は限られる。


「…あ」

「やあ栂敷。…黄瀬が女子と喧嘩だなんて、珍しい事もあるもんだね」

「赤司さ、ん」


赤司は、未だ気付かず言い合いを続ける黄瀬と女生徒を面白いものでも見るような目で眺めながら、ゆっくりと立ち上がった後輩の頭を優しく撫でて言った。


「もう授業が始まるから、君は教室に帰って良いよ」

「はい」

「詳しい事は部活の時に、ね。栂敷、ハウス」

「はいっ、失礼します」


赤司が廊下の先を指すと、後輩はぺこりと礼をして去って行く。残されたのはまだまだ白熱している二人と赤司。
赤司は小さく、さて、と呟き、目を細めた。


「お前達はいつまでやってるんだ?もう授業が始まるぞ」

「…赤司君?」

「え…赤司っち?何で…」

「周りと時計を見なよ」

「「あ」」



そして勝敗は如何に?





後日、『練習試合で急な欠員が出た場合のみ』という条件の元に、サッカー部への栂敷色透の貸出が許可された。
それに対するバスケ部内の反発は強かったが、何故かすぐに収まったという。


(面白そうだから良いよね)
(僕は構いません)
(えーっ!俺頑張ったのに!)
(文句あるのかい?)
(ナンデモナイデス…)
(でも、ああして黄瀬さんが止めようとしてくれたのは嬉しかったですよ)
(こ…子犬っちー!!)
(二匹の犬がじゃれあっている様にしか見えないな…)

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後日黄瀬君とサッカー部マネージャーは友達になればいいと思います。好敵手と書いてともと読む。
隊長はサッカー部マネと黄瀬の話を書いてコラボしてくださる方を待っています。



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