異星人13匹目
「…ナルシスト…?」
「ちゃうわ!!」
必死に弁明されても、さっきの発言はどう考えても、その、自信過剰というか。ナルシズムって確か病的自慰とも言うんだっけ、とか考えながらオサムさんにしがみついて後ろに隠れる。
視界の端で、光が笑っていた気がした。
遡ること十分前。一人の部員さんが話し掛けて来た事に始まる。
「なぁ君」
「はい」
「ここに何しに来たん?」
私の格好と手に持つ荷物からして、見学している様にしか見えないと思うのだが。
「テニスを見に来ました」
「…部員、やなくて?」
「?」
不思議な質問だ。部員を見る、というのは何だろう。
部員のテニスを見るのならまだしも、人を見るというのはどういう意味だろうか。
「――ああ!」
「え?」
そうか、わかった!
「身体能力や技術を見るという意味でなら、そうですね、個人個人の部員さんも見てます」
「…そっちかいな」
その人は、ほっと安堵の息を吐いた。今の会話に安心する要素なんてあっただろうか。
すると、部員さんが今度は少し離れたコートで試合をしている人を指差した。
人を指差したらいけないのは北欧の方の指で打ち出す呪いに起源するとかなんとか、まあそれは今はいいとして。
「あいつ、どう思う?」
「…凄く…」
「凄く?」
「…上手いです…何かもう格が違う気がする程に」
これが全国レベルだというのなら、前の学校が地区大会止まりなのも納得してしまいそうだ。認めたくないけど。
どうしたらこんなハイレベルなテニスが出来るんだろう。練習が違うのかな。量か質か、詳しくはわからないけど、とにかく違い過ぎる。
唖然とする私の隣で、声をかけてきた部員さんも唖然としていた。何でこの人が驚くんだろう。ていうかさっきから妙な質問したり唐突に安心したり不思議な人である。
「…テニスわかるんやな」
「わからなかったら見ないと思いますけど…」
「あー…いや…普通はな…」
何が言いたいのか。
よくわからない部員さんをよそに、私は練習風景に視線を戻した。
もう一度さっきの人を見る。動きの一つ一つが丁寧で正確だ。
周りの手本になる様な――いや、殆ど年も変わらないのに人の手本になる事が出来る実力ってどうなんだ。上手いという言葉では足りない。
「…圧倒されますね」
「へ」
「今まで自分が見てきたものがどの程度なのか、思い知らされるようで…」
がくりと膝をつきたい気分だ。しないけど。
私がショックで黙っていると、部員さんが口を開いた。
「…あー…何か、すまんな」
「何がですか?」
上手過ぎてごめんって事?そんな事言われたら腹立たしいことこの上ないのだが。
次の言葉を待っていると、部員さんは気まずそうに、言葉を選ぶように言った。
「何ちゅーか…ミーハーな感じやろか、て。勘違いしとったわ」
ミーハー…?って、何だっけ。アイドルの追っかけとかの事とか?
「部員狙いでテニス部見に来る奴多いねん。そんで自分もそれかと思っとって」
部員狙い…?ヘッドハンティングの事?私はもうこの学校の生徒だし、引き抜きとかしに来たわけではないのだけれど。
しかし、多いっていうのはどういう事だろう。身体能力が高い人が多いとか?
よくわからないが、まとめると――
「――アイドル事務所?」
「何が!?」
「あれ?違いましたか」
近くにそういう事務所があってスカウトが多い、とかそういう事だと思ったのだが、その予想は外れたようだ。
ならどういう事かと視線を送ると、部員さんはまたさっきの人を指した。
人を指差すのは以下略。
「あいつとか」
私が見たのを確認して、部員さんは今度はバンダナをした人を指し、
「あいつとか」
最後に光を指して言った。
「あいつとか、あと俺もやけど」
「?」
「モテんねん。んでファンの子とかが、」
モテる、って。今この人自分で言った?
ていうかファン?ファンっていう程いるの?この人達を好きっていう人が。
【ファン】芸能・スポーツなどの、熱心な愛好者。
いるの?この人達に?ただの中学生じゃ…あ、いや、凄くテニスが上手い中学生か。え、でも中学生で自分から言えるほどモテる?いや、モテたとしても自分からそれを言うだろうか…?
――いや、常識的に考えて、そんなのはあり得ないだろう。という事はだ。つまり、この人は。
「…ナルシスト…?」
「ちゃうわ!!」
そして冒頭に戻る。
私は半ば逃げる様に少し離れたところにいたオサムさんに駆け寄り、長身な彼の後ろに隠れたのだ。
「ん?菘ちゃんどないしたー?」
「あの…その…」
「露骨に逃げるなや!傷つくやろ!」
「すっすいません、でも…」
ナルシストなんて、今まで見た事のない人種だ。どう接すれば良いのかわからない。
とりあえず観察しようと思って距離を取るが、向こうから寄って来る。
どうしよう。
「謙也ぁ、オサムちゃんの可愛い姪っこ苛めたらアカンでー」
「苛めとらんし!」
「せやったら何で逃げられとんのや」
「誤解されただけっちゅー話や!」
「誤解?」
オサムさんは少し何かを考えて、私を見た。
首を傾げると頭を撫でられ、私が落ち着いた頃に優しく問いかけられた。
「菘ちゃんは、何で謙也から逃げとるんや?」
「あの、私、どうしたらいいかわからなくて、その…距離を取ろうと…」
「どうしたらて、普通にしゃべっとったらええやんか」
不思議そうにするオサムさんに、謙也と呼ばれた部員さんがさっきまでの会話を説明する。
最後まで聞くと、オサムさんは――吹き出した。そして盛大に笑いだした。
何事かと周りの部員達が集まって来るのも気にせず、オサムさんの笑うこと笑うこと。
「はー、菘ちゃん、ナイスツッコミやで」
「どこがやねん!」
「ツッコミ…?」
漫才とかのあれの事だろうか。しかしこの流れでどうして突然お笑いの話になるのだろう。
「オサムちゃーん、どないしたんー?」
「おー、姪っこが謙也の新たな一面を発見してん」
「ちゃうて!!」
オサムさんから部員達に、さっきの会話が伝えられる。そしてまた笑われる。
状況がよくわからず狼狽えていると、いつの間にか隣に光がいた。助けを求めようとしたら、その前に光が口を開いた。
「ナルシーとか、先輩ホンマキモいっすわー。半径1キロ以内に寄らないで貰えます?」
見事なまでの無表情だった。
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