三度目の正直
9 settembre


あたたかくて、やわらかいものにつつまれている。
誰かの心音と、水滴が落ちるような音が、少し遠いところから響いてくる。
うっすらと鼻をかすめる、血の匂い。
時折、ふわふわとした感触が肌を撫でる。
ぬるま湯に浸かるような、海面を漂うような穏やかな微睡みの中、そっと、耳元で囁かれた。

「Mio signore.」
「……――!」

聞き慣れた呼び声に、唐突に意識が回復する。
瞬間。
自分が何をしていたのか(ボスの座を奪うため、ジジイを殺す)。
何を思っていたのか(報復を。復讐を)。
何が起きたのか(ああ、そうだ。俺は地下で、あいつと……!)。
――その全てを、瞬時に把握する。
状況も、感情も、全てを鮮明に思い出せるのは、『自分の感覚で』ほんの一瞬前の出来事だからだ。
……そう、全てはほんの瞬きほどの間に起きたこと。
そうでない可能性もあるが、その事を考えるのは後にする。
今必要なのは、思い出すことだ。
記憶を整理してから目を開くと、暗闇に、しろかねの毛並みが光っていた。
抱き込むように自分の身体を包む白い尾の先が、ふさ、と揺れて頬をなぞる。
幼い頃から傍にあったけものは、ほ、と小さく息を吐いて微笑んだ。

「おはようございます……お体の具合はいかがですか?違和感などございませんか?」
「……」

ゆっくりと身体を起こし、首の骨を鳴らす。
筋肉がこり固まっている気がするのは、おそらく、『ずっと同じ体勢のまま動かなかった』からだ。まあ、多少動かせば問題は無いだろう。致命傷があるわけでも無いし、怪我や擦り傷もどうせすぐに塞がる。
心配そうに見上げてくる灰色の瞳を無視して立ち上がる。
周囲を見るに、ここは『あの時』いた場所では無いらしい。おそらく、『あの時』に起きたことを隠すために、別の場所へ運び込んだのだろう。

「我が主。『あの時』、何が起きたのかは……」
「……わかっている」

前に読んだ文献に、当て嵌まる記述があったのを憶えている。
――死ぬ気の零地点突破。
初代しか使えなかった筈のそれによって、自分達は氷漬けにされた。
意識と自由を奪われ、足元から侵食されるように冷たい檻で世界から隔離されたのだ。
そして、人入りの大きな氷はそのまま封印されていたのだろう。
自分達が死んでいないのは、つまり、そういうことだ。善人ぶった『父親』の『恩情』には、感謝の気持ちで腸が煮えくり返るようである。

「……帰るぞ」

どれくらいの間氷らされていたのかはわからないが、強制的に冬眠につかされたのがついさっきでないことだけは確かだ。
あの、妙なところで考えの甘い老いぼれのこと。時が経てば解決するとでも思っていたのだろうことは容易に想像出来る。
だが、時が止まっていた俺達からすれば、氷に閉じ込められたのはほんの数分前の出来事だ。
激しい怒りは、憎しみの炎は、未だここに燃えている。

「……ボンゴレを手に入れる手筈を整えなきゃあならねぇ」

あの日の続きを、始めなくては。

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