三度目の正直
9月9日 その4


彼は未だ眠っている。
小さな傷は塞がっていたが、その代わりあちこち酷い凍傷になっていた。わたしに治癒の力は無いので、せめて、とわたしの『命』を少しさしあげた。


**********


突っ込んで行く由恵へと、三叉の刃が戯れにしては鋭い軌道で振るわれた。
それをバック転で避けつつスニーカーの爪先で蹴り上げると、由恵は片手をついてすぐに体勢を立て直す。
一拍置いて、刃を象っただけの木が敵の喉元を抉らんと突き出され、骸は体を軽く捻ることでそれを躱した。
そのまま持ち変えた槍で目を狙われた由恵は、刃の付け根に柄を引っ掛けるようにして切っ先を阻む。
……それ以上はもう、何が起きているのかよくわからなかった。あまりに速い槍同士の応酬に、目が追い付かない。
由恵が振るう木の槍とそれをいなす金属の槍、二つがぶつかり合う鈍い音が連続し、ほの暗い室内に反響する。
間に挟まれる、老朽化した床板の悲鳴が、二人の戦いの激しさを分かりやすく物語っていた。

「……すごい……」

……まるで、最新テレビゲームのムービーみたいだ。
戦いというものがわからない、わかりたくもない綱吉には、そんな感想しか浮かばなかった。
目の前で繰り広げられる戦いに、開いた口が塞がらないのを自覚する。
呆然としたまま、自分の肩に乗るリボーンが難しい顔をしていることにも気付かず、ただただ圧倒された。――綱吉は、由恵がこれ程速く動くのを、初めて見た。
胴を狙った一閃を避けようとして僅かに腕を切られた由恵が、大きく舌打ちをする。
骸がもう一度同じところを狙うが、由恵は苛立っているらしい大雑把な動きでそれを払いのけた。
ジャージの袖の、切られた辺りに血が滲んできている。奥歯を噛み締める由恵に、骸はにやりと蛇のような笑みを返した。

「クフフ……『貴女』ともあろう人がその体たらくとは、『狐の子』も恐ろしい『呪い』をかけたものだ」

意味はわからないが、その表情や声音から、挑発であるのは確かだろう。由恵が目を細めてギリ、と歯軋りをするのを、骸は愉しそうに見下している。

「まさか『死後』を縛るとは……流石は貴女の『一人娘』、やることの規模が違う」
「あのような恩知らずの泥人形、我が子では無い!」

激昂する由恵が突き出した穂先を、骸は刃先で跳ね上げ、鍔迫り合いの様に槍同士をぶつけて迫る。
純粋な力の勝負では勝てない由恵は、押されながらも蹴りを入れたり受け流してカウンターを入れたりして対抗していた。
……ふと。片や相手の目を睨み付け、片や口元だけで笑い、ひっきりなしに槍をぶつけ合う二人の動きがどこか似ているように感じられて、綱吉は一人疑問符を浮かべた。
骸は静かに槍を振り回し、由恵は身体全体でアクロバティックに動いているという違いはあるが、呼吸のタイミングや回避動作、またそれぞれの動きの基礎が同じである、ような。
首を傾げる綱吉は、自分を見つめるリボーンの視線には気付かず、ただ息をのんで戦況に目を奪われていた。


「……――貴女と戯れるのは懐かしくありますが、これでは話が進みませんね。残念ですが、暫く黙っていてもらいましょう」
「!」

――そうして二人の戦いは、決着とは言えないような、よくわからない形での終わりを迎える。
それはあまりに呆気なく、また一瞬の事だったので、綱吉には何が起きたのか理解出来なかった。
何故なら、骸が少し下がって間合いを取ったと思うと、由恵の動きがぴたりと止まり。

「きっ……貴様、ァ……な、ぜ……それを――……ッ!?」

硬直したまま、その場に倒れたからだ。

「やっ、山上さん!?」
「……さて。お待たせしましたね、ボンゴレ」

微笑みを浮かべて綱吉達のいる方を振り向いた骸の足元で、由恵はぴくりとも動かない。
槍を握る手も肩幅に開いた足もそのままで、まるで、等身大のフィギュアを横に倒したようでもあった。
呼吸しているのかもわからない、完全な停止状態に見える由恵を軽く蹴飛ばして、骸は綱吉に一歩近付く。

「――邪魔者はいなくなりましたよ」

長い前髪の隙間から、紅く光る右目が覗いていた。

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