三度目の正直
9月9日 その3


床は水浸しで、わたし達自身も頭から水を浴びたような濡れ鼠。このままでは彼が冷えてしまうので、暖める為に身を寄せた。


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山上由恵という後輩を、綱吉はまだあまりよくは知らない。
暇さえあれば襲撃してくる、戦い好きな槍使いの変わった女子中学生。それくらいだ。
そもそも、会うのは由恵が綱吉に勝負を挑んで来る時くらいで、普段の交流は無いし、話したとしても由恵が自分の反省点についての考察を一方的につらつら述べるだけだ。
世間話などはしたことは無い。
綱吉が夏祭りの時に声をかけたのは、それでも多少の親しさを感じる程度には由恵の顔を見慣れてきていたからで、喧嘩や戦いを抜いた、普通の先輩後輩として付き合いたいと思い始めていたからだ。
それくらいには、綱吉は由恵を自分から近い位置に置いて考えていた。
けれど、実際由恵について綱吉が知ることは殆どない。ほぼゼロだ。
好きな食べ物や得意な教科はおろか、部活に入っているのか、何部に所属しているのかも知らない。
家族構成、住んでいる場所、出身小学校。どこで槍を覚えたのか。いつから強くなりたいと思ったのか。何故強くなりたいのか。
何も、知らないのだ。

「――口が過ぎるぞ、『丘の民』……その『槍』を授けたのが誰か、忘れたわけではあるまいな……!!」
「おやおや……怒らせてしまいましたか」
「や、山上さん……?」

唐突に雰囲気が――口調だけでなく、表情や纏う空気も――変わった由恵を見て、綱吉は恐怖を覚えた。
綱吉に勝負を仕掛ける時とは段違いの、肌に痛いほど鋭い殺気がびりびりと空気を揺らす。
由恵は足元の布袋からもう一本の槍を取り出し、身の丈よりも長いそれの先を骸に向けた。
木製のそれは先が丸いのに、何故か鋭い刃があるように錯覚してしまうのは、由恵の気迫ゆえだろうか。
しかし、骸は微笑みを崩さないままだ。何故それほどまで余裕なのか。絶対おかしい、と綱吉は内心呟いた。

「相変わらず槍一筋ですか」
「父より賜った我が槍、貫けぬものは無いぞ」
「クフフフ、自らを捨てた『父』を未だに慕っているとは!哀れな人だ……しかし、その健気さを少しでも『主殿』に向けていれば、『首を切り落とされる』こともなかったでしょうに」
「っ……殺すぞ……!!」

ぞく、と背筋を走る感覚に、綱吉は肩を震わせる。
由恵は本気だ。
本気で、骸の命を奪おうとしている。
由恵が一歩、間合いを詰めると、骸は楽しそうに目を細めた。そして。
瞬間、空気――いや、『空間』が変わった。


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