三度目の正直
8月4日 その2


土睦が笑いながら去って、十数分程経った頃。
出店の前を通りかかった後輩に、綱吉は殆ど反射で声をかけた。
少し身を乗り出す様にして、歩くのが速い後輩の背中に彼女の名前を呼び掛ける。

「山上さん!」
「……沢田先輩?」

山上由恵は、いつも通りのポニーテールにジャージ姿で、あの二本の棒が入っているのだろう布袋を持って歩いていた。
祭でもその装備なのか、と綱吉は苦笑いする。

「チョコバナナ、一つどう?」
「普段ならもらう所だけど、今はそんな暇無いんだ」
「え?」

チョコレートを塗る前のバナナを見せながら問いかけると、由恵は鋭い声で断った。
そういえば、先程から何を警戒しているのか、由恵は真剣な表情で頻りに辺りを見回し、祭りを楽しみに来たとはとても言い難い、ピリピリとした雰囲気を纏っている。
まるでこれから戦場に向かう兵士だ、と考えたところで気付く。
そういえば、彼女は自分を狙っているのではなかったか。
『近いうちに必ず倒す』と宣言されてからもう二ヶ月になる。
まさか、今日こそと気合いを入れて襲いに来たんじゃ……。そんなふうに考えて、綱吉は表情を引きつらせた。

「ど、どうしたんデスカ……?」
「……」
「(何で黙るのー!?)」
「おい、十代目を無視してんじゃねーぞ」

顔を青ざめさせる綱吉の様子を察してか、後ろでバナナに割りばしを刺す作業をしていた獄寺が出て来た。
由恵は口を閉じたまま、眼球だけを動かして視線を獄寺に移すと、ぐっと顔をしかめる。
その表情に綱吉が小さく悲鳴を上げると、獄寺はぎゅっと眉間にしわを寄せた。

「テメー……十代目に向かって何だその殺気……!」
「……」

ダイナマイトを出そうとしてかゆっくりと右手を後ろに回す獄寺と、布袋の口に手をかけた由恵が暫しの間睨み合う。
こんな、祭のど真ん中で戦闘が始まったら、周りへの被害が、というか、花火大会どころじゃなくなってしまう。それだけは避けたい、と綱吉は一人焦る。
綱吉が如何にして二人を止めるか無い頭を必死に回しながら、取り敢えずいつ獄寺が暴れだしても押さえられるように構えていると、由恵が獄寺から目を逸らしてはあ、と溜息をついた。
何だ、と獄寺が低く問うと、由恵はあー、と小さくこぼした後、少しきまり悪そうに目を反らす。
右手を首の後ろに当て、躊躇う様に視線を左右させながら口を開いた。

「……今日は……その、忙しいんだ。話はまた今度頼む」
「え、」

すまない、と一礼する由恵に、獄寺が眉を上げる。
綱吉は取り敢えず戦闘は避けられた様だ、と胸を撫で下ろした。
由恵の様子がおかしいとは思ったが、まずは騒ぎを起こさない方が先決だ。急いでいるように見えるし、事情を聞くのも後日の方が良いのかも。
それに、今面倒ごとを負ってしまえば、花火大会が。どうしても想い人と思い出作りという今までにない青春のチャンスを逃したくない綱吉だった。

「じゃあ、また」
「あっ……」

止める間もなく去って行った由恵を呼び止められなかったのは、そういう心理が無意識のうちに自分の行動を止めたのかもしれない。
そんなことを考えて、綱吉はしばらくの間、ジャージ姿の少女が紛れた人混みをぼんやりと見つめていた。


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