三度目の正直
6月29日


――クロールは、出来るようになったのに。

女子しかいないプールの端で、一人ばた足の練習をしながら、綱吉はあまりの羞恥心に顔を真っ赤にしていた。
友人達に教えて貰ってようやく泳げるようになったのに、授業で求められた泳ぎ方が違った為にこのざまである。
あの必死の特訓の意味は……と思いそうになる思考は、教えてくれた彼らの為に堪える。彼らは自分の為に何時間も費やしてくれたのだし、実際それで15メートル(クロールで)泳げるようにはなったのだ。あの時間は決して無駄ではなかったはずである。
けれど、それでも、一人だけ晒し者にされているこの状況は、涙が出そうなほど恥ずかしかった。
周りの女子達が、馬鹿にするような目で此方を見ながらひそひそ話をしているのが、特に心を抉る。

「(俺は泳げないわけじゃないのに…ただ平泳ぎが出来ないだけで、クロールなら……)」
「沢田」

半ば不貞腐れながらばた足をしていると、不意に上から声をかけられた。
水を蹴る足を止め、プールの底に足を降ろしてから見上げる。
リボーンがファミリーとして獲得しようと狙っている綱吉のクラスメイト、白弧土睦が、制服姿のままプールサイドに座って綱吉を見下ろしていた。

「あ……えと、俺に何か……?」
「残念だったな。昨日、あんなに練習していたのに」
「な、なんでそれを……!?」
「獄寺がフェンスを乗り越えてプールに飛び込むところを見かけて、何事かと覗いたら見えたんだ」
「(あれかー!!)」

土睦はプールに右手の指先をつけて、小さく掻き回しながら話を続ける。

「……実はな、私も平泳ぎ出来ないんだ」
「えっ!?」
「先生には秘密だぞ」

し、と口元に人差し指を立てる土睦に、綱吉は無言で首を何度も縦に振った。
土睦は先月転校して来たばかりだが、成績は優秀、運動神経も抜群だというのは、普段の授業での様子から見てとれていた。人当たりが良く人気者だが、雲雀と渡り合えるほど喧嘩が強いという一面もある。しかも帰国子女というオプションつき。
何という完璧人間、と綱吉は戦慄いたものだが。
その土睦の、まさかの欠点。しかも自分と同じものだったとは。
予想外のカミングアウトに、驚きのあまり声が出ない綱吉。土睦は綱吉の様子には気付かず、そのまま続けた。

「潜水なら得意なんだが、クロールや平泳ぎは出来ないんだ」
「……っそ、そうだったんだ……。でも、白弧さんは運動神経良いし、練習すれば出来るようになるんじゃ……」
「いや」

漸く声を出した綱吉の言葉を遮り、土睦は眉を八の字に垂らして残念そうに首を横に振る。

「昔から何度も練習したが、どうしても息継ぎが出来なくて……水を大量に飲んで体調を崩した時に諦めた」
「そうなんだ……」
「だから、たった数時間で泳げるようになった沢田はかなり凄いと思う」
「!」

突然自分の話になり、綱吉は一瞬思考が停止した。
今、彼女は何て言った?
土睦の言葉を頭の中で反芻し、五秒かかって漸く意味を理解すると、綱吉は目を丸く見開いて土睦を見上げた。

「な、」
「出来ないことを出来るようになるまで努力するのは、凄いことだと思う。少なくとも、私は昨日の沢田の努力を尊敬する」

土睦はまっすぐ綱吉を見つめ、真剣な表情でそう言った。



**********
(ほ……褒められた!?あんな凄い人に、俺なんかが!?)
この綱吉は家に帰ってからしばらくにやにやしててリボーンに蹴飛ばされます。なんだか山本の時を思い出す光景。

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