おかん女子
お母さんは皆のお母さんだからね


「ごめんくださーい」

休憩に入ってすぐ響いた声に、部員達が一斉に入り口を見た。
まあ、俺や三年の奴らなんかは、見る前から誰が来たのかわかっていたが。

「飯崎!」

呼び掛けて手を振ると、飯崎は笑顔で手を振り返してくれた。
何だろうこの『お母さんが見てる!』的昂揚感は。小学校の参観日以来だぞ。
他の三年も皆似たような雰囲気を出していたから、やっぱり飯崎は俺達のお母さんらしい。

「由孝ちゃーん」
「今行くよ!…わざわざ届けに来てくれたんだ、ありがとう」

森山が急いで駆け寄り、飯崎からA5サイズのファイルを受け取る。
何を渡したんだろう。ノートのコピーとかだろうか。飯崎のノートは相当見易いし、あり得る。
と、観察していると、森山の後ろに忍び寄る何かが見えた。

「いやあ…飯崎さんも忙しいのに、悪い。助かるよ」
「良いんだよ、今日うちは部活休みだったから…」
「――先輩、その人誰ッスか?」

…空気読めや黄瀬ェ…。
遠目から見守っていたマザコン組の心が一つになった。
森山といる時の飯崎は慈愛の笑みが二割り増しで優しいので、基本的に見守ろうという方針があるのだが。
入ったばかりの一年生で、しかも、特に周りや女子に興味を持たない所のある黄瀬が、そんな事を知っている筈もなかった。

「三年の飯崎はるか。君は…バスケ部の子かな?皆がいつもお世話になって…」
「ちょ、飯崎!?」
「やめて!恥ずかしいからやめて!」

深々と頭を下げた飯崎に、あちこちから悲鳴が上がった。
保護者みたいな挨拶本当にやめて欲しい。が、しかし、これでこそ飯崎という気もする。飯崎マジ俺達のお母さん。
ついでに、黄瀬が置いてきぼりで呆然としているのが少し笑えた。

「寧ろ俺達がお世話する側なんだけど。こいつ一年、俺達三年」
「あら。由孝ちゃんの事だから、女の子関係で『お世話』になってるんじゃないかと思ったんだけどねぇ」
「ブフォ!!」

ピンポイントで大正解だよお母さん。何人かが爆笑しているのが、視界の端に見えた。

「言われてるッスよ先輩」
「うっ…」
「あんまり迷惑かけないようにね」
「…うん」

こく、と素直に頷く森山に、黄瀬が目を瞠る。まあ、いつも女子女子と騒がしい森山が飯崎には騒がないからだろう。
普段とのギャップに驚くのは、誰もが通る道だ。

「そろそろ休憩終わるだろう?私は帰るよ」
「ん。コレありがとう、今度お礼するよ」
「気にしなくて良いのに…。部活、頑張んなさいね」

飯崎は少し背伸びしながら森山と黄瀬の頭を撫でてやると、体育館全体に響く声で「お邪魔しましたー」と言って去って行った。
さりげなく黄瀬の頭も撫でていたが、あいつ身長高いのによく届いたな。さすが飯崎。
撫でられた辺りに手をやって、飯崎が去って行った方向を見つめたままぼうっとしていた黄瀬は、練習再開の号令と共に飛び蹴りをくらっていた。
笠松も隠れマザコンだし、嫉妬したのかな、と予想したのだが、言ったら俺までシバかれそうなので黙っておいた。

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