おかん女子
手のかかる子ほど可愛いの


うちのクラスには、お母さんがいる。

彼女の名は飯崎はるか。
バレー部で活躍する、女子にしてはやや高身長な子だ。
おっとりした性格、めったに怒らない心の広さ、そして包容力。極め付けに、裁縫が得意で料理が趣味と来た。
おばあちゃんみたいな話し方も相まって、彼女は『お母さん』というあだ名で親しまれている。
うちのクラスでは友情恋愛関係なく、彼女を大好きな事を『マザコン』と呼ぶ程だ。
そして。

「飯崎さーん!またダメだった!」

隣のクラスの残念なイケメン、バスケ部レギュラーの森山は、影で『息子』なんて呼ばれていたりする、校内一のマザコンである。

「何故だ!口説き文句は完璧だったはずなのにっ…!」
「うーん、何でだろうねぇ」

飯崎の前の席を占領し、椅子に後ろ向きに座って飯崎の机に突っ伏す森山は、週五ペースで見られる光景だ。ナンパに失敗した直後は大体こうなる。
話を聞いているかぎり、どうやら今日も、朝、登校中にナンパして失敗したらしい。
朝から何してんだこいつ、と近くの席の女子から冷たい視線が送られるのにも気付かず、森山は暗いオーラを背負って飯崎に愚痴を吐き出す。遠目に見ているだけなのに、何かうざい。
しかし、我らのお母さん・飯崎は嫌な顔一つせず、何時も通りのほけほけとした笑みを浮かべ、突っ伏したままの森山の頭を撫でて優しく声をかけていた。
流石の心の広さである。

「由孝ちゃんはこんなにカッコいいのに、その子は見る目がなかったのかねぇ」
「飯崎さん…」

何故だろう。親子と言うより、おばあちゃんと孫に見える。
いやまず親子ですら無いんだけど、飯崎の発言は本当に、孫を慰めるおばあちゃんにしか聞こえなかった。同い年の女子の筈なのに。謎だ。
顔を上げて目をキラキラ輝かせる森山に、飯崎は更に追撃する。

「ほら、元気出しな。今日の体育は合同でバスケだろう?いっぱい活躍して、女の子達にカッコいい所見せてやんなさい」
「…そうか、その手があった!」

がたん、と大きな音を立てて勢い良く立ち上がった森山に、飯崎は元気出たみたいで良かった、と声をかけている。
森山はしばしその場で動きを止めた(恐らく妄想に浸っていた)後、可愛い女子に声をかける時の様な笑顔で飯崎と握手をし、この教室に来た時とは真逆の明るいオーラを撒き散らしながら去って行った。

「ありがとう飯崎さん、俺また頑張るよー!」
「応援してるよー」


だが俺は知っている。
何時もと同じパターンであれば、森山が昼休みにまた暗いオーラを背負ってこの教室に来る、という事を。
多分飯崎もわかってる。でも、わかっている上で何も言わないでいるらしい。優しい、奴。
だが、本当に不満や文句は無いのだろうか。

「…飯崎さ」
「んー?何だい」
「呆れたりしねーの?森山に。同じ事の繰り返しでさ、毎日泣き付かれて、慰めてるじゃん」

俺なら1週間で愛想尽かすわ、と続けると、飯崎はそう、と頷いた。俺の性格を考えて、確かにそうだろうな、と納得したのだろう。
それから、俺の目を見て、でも、と続けた。

「私はね」

母親を思わせる慈愛に満ちた表情で教室にいた奴ら全員のハートをがっしりキャッチしながら、飯崎は俺達が大好きな暖かい陽だまりの笑顔を浮かべる。

「由孝ちゃんが可愛くって可愛くって、仕方がないんだよ」

この笑顔には勝てないなあ、と思いながら、俺達は内心森山を妬むのだった。

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