*僕だって恋くらいする*

「私に話しかけないで」

あかりの背中が俺に伝えているのが分かる。クラス中、いや、学校の中の誰一人として分かるわけがない。きっと俺だけに分かるあかりの変化。

偶然にすら俺に視線を向ける事はないあかりの徹底した態度だけれど、俺の存在じたいを消しているわけではないその背中に、まだ繋がりはあると安堵していた。

たとえ電話を切られていても、アドレスを変えられていたとしてもまだ話す…ちゃんと話せるチャンスはある。学校ではその機会がないのなら店がある。

あかりの性格からして、今日明日に辞めるなんて言い出す事はないはずだ。
ぼんやりしているくせに思いもよらないとこで気が利くし、人を困らせるような事はしない。
無理をして時々腰を痛めてるじいちゃんを見てるんだから、自分が突然辞めたらじいちゃんが無理すると思ってるはず。

普段からテスト前やあかり自身の用事、それに今回の修学旅行。事あるごとにじいちゃんの腰を心配して話し掛けてるあかりの姿が頭に浮かぶ。

もし辞める事があるとしたら、自分の代わりの人間を連れて来るはずなんだ。
でも、俺の事を、俺の事情を知ってる奴なんてこの世にはあかり以外にはいない。バラそうと思えば出来るけど、あかりはそんな奴ではないから、自力で代理を立てて来るなんて不可能だ。

だから絶対に辞めたりしない。大丈夫。

今、俺の方をちらとも見ようとせず、目の前を通り過ぎたあかりの頑なとも言える態度に、捕まえて連れ出したい衝動を堪え上辺だけの作った笑顔を周りにいる女子生徒に向ける。

ここでは、この空間では、どんなに隠れられる場所を見つけたところでいつ見つかるか分からない不安から、ゆっくりと話せる本当の余裕なんて生まれるわけがない。

学校が終われば―――。

夜になったら―――。

店にあかりが来たら―――。

きっと大丈夫。いつものあかりに、いつもの俺達になれるはず。

長く、いつもよりも数倍長く感じる一人の時間を持て余しながらも、俺はそればかりを言い聞かせるように心に浮かべていた。

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