*不覚にもときめいた*

時折吹き抜ける秋の風が月明かりに照らされ凪いだ波間をざわりと揺らし、さざ波を立てる。

あかりを送った帰り道、もうすぐ店という所でそのまま帰る気にもなれず、防波堤の上に腰かけぼんやりと漆黒の中に浮かぶ金の輝きを見つめていた。

考えるのはさっきまでの―――。
いや、正確には最近のあかりについて。
―――やっぱり………さっき、か……?

掌を見つめ、思ったよりも細かったあいつの手首を思い出す。
そして―――。
見た目以上に柔らかだった唇。

―――俺は……あの柔らかな感触を覚えている。

広げた掌をゆらりと上げ、思い出すように指先で唇をなぞり目の前の波を見つめる。
あの時の色とは違う、はかなげな金色。
手を伸ばせば消えてしまうような朧げな輝き。

……さっきまで瞳に映していた―――。

そう、あの花火と同じ…色………。
見ず知らずの女性。
年齢的に言えば店に来る客層。
見た目的に言えば、ふんわりとかぼんやりとか…何処かで見た事があるような、ないような…。
そんな相手から貰った幾つかの花火。

―――こんな事やるの、何年振り、だ……?

赤や青、黄色や白。
さまざまに色を変えていく花火を両手に持ってはしゃぐあかりが光りと白い煙の中に見え隠れして…苦笑いを浮かべて見ていたっけ。

いつも傍にいる、いつもの笑顔。いつものあかり。

そう思って……実際そうだったから、あの言葉にも俺のままで答えて。
向かい合わせに座って始めた小さな花火。
楽しかった時間が終わりを告げるような、淋しげな輝きが不規則に瞬いていて。

言葉もなく真剣に指先に集中していた俺が、何気なく、ホントに何気なくあかりの花火を辿って視線を上げたら…俯いた顔。

長い睫毛が淡い光りに輝いて、結構長いんだなとか、マッチくらい乗りそうだよな、とか…ぼんやりそんなぐたらない事を頭に浮かべてて。

『綺麗だよね…。花が咲いてるみたい』って微かに唇が動くのが見えたら今度はそっちに目が向いて、離せなくなって。

―――薄桃色のふっくらと柔らかそうな唇。

気付いたら吸い込まれるように近付いていて、震えるように睫毛を揺らせて顔を上げたあかりの顔が――唇がすぐ近くにあったから―――。

顔を傾けるだけで済む距離を縮めて―――その唇を重ねた。

「……まさか……。あの時の子が…お前があかりだったなんて、な……。」

誰もいない海に向かい、どんどんと鮮明になっていく記憶の中の相手に話し掛ける。
その呟きは風に乗り、頼りなく輝く星だけの闇の中へと溶けて…目の前に映し出される姿がさっきまでのあかりの姿へと変わっていく。

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