*余裕なんてないくせに*

さすがに昨日の今日じゃ…昼メシも食いに来ない、か。

昼休みに入ってすぐの音楽室、窓際の席に座りぼんやりと頬杖をついて窓の外を眺める。

―――アレ。じいちゃんから店に入った電話って……実はウソ、だったんだよな……。

「瑛、明日は店を休みにするからね。お嬢さんにも伝えておいてくれないかな。」
「えっ?何かあるの?」

友達と集まって騒ぐなんていつまでたっても大人げない行動をするじいちゃんが、店を休むと言った時ふと頭に浮かんだのは……。

これを上手く使ったら、もうひとつの難題も解決するかも――という事だった。

手っ取り早い解決法なら、言い寄ってくる女子を適当に…なんだけど、見ず知らずの相手なんて有り得なかったし。

あいつだったら俺の秘密を知ってるんだから、一番適役かな、とか。
これでますます俺の秘密を口に出来ないだろ…とか。
結構単純な理由で店が休みなのを黙ってて。
ポケットに入れた携帯から店に電話を入れて、じいちゃん相手に話してるそぶりをして…。

何気なさを装って部屋に連れ込んで。
まだ試飲させる程には完成されてないブレンドを試作なんて言って淹れて…。
ほとんど押し切る形であいつに手を出して…。

―――それがまさか、あんなの見せ付けられるだなんて。

あかりのあの表情。
今まで気にも留めなかった異性の…女の表情…背筋がゾクッとするような声。
それに、女の身体があんなに柔らかいものだったなんて…。

何気なく空いた手を広げ、掌をじっと見つめわきわきと動かしてみる。

自分とは格段に違う肌の柔らかさ、滑らかさ。
そして、しっとりと吸い付くような感触。
まだ手に残っているような感覚は想像以上のもので。

出来る限り逃げるつもりではあるけれど、万が一捕まった時の為に知識を詰め込もうとしていたはずが、無我夢中になって感覚とか感触とか…そんな事しか記憶になくて。

―――感覚と感触………。

中指と人差し指を2本立て、またもじっと見つめる。
あの柔らかさとギュッと巻き付く…まるでそこだけが別の生き物みたいな…。
ただの指なのに、ここだけに意識が集まるようで。
信じられないくらい気持ち良くて。

もしも、だけど…もし、自分自身を……。

「オーイ。どうしたー?佐伯。なんか悩み事かー?」
「―――いッ!?」

身体ごと慌てて振り向くと、のんびりと近付いて来る針谷。

―――いつの間に来てたんだ!?

自分でも分かるくらい引き攣らせた顔で針谷を見上げた。

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