「…佐伯、付き合え。今すぐに。イヤだとか言わせねぇからな?おら、行くぞ?」
HRが終わり、女子達に囲まれないようにと飛び出すように教室を出た途端、教室の間の壁にもたれ掛かっていた針谷に腕を取られる。
俺の性格を把握し始めたのか答えを返す間もなく、ずるずるといつもの音楽室へと連れて来られご丁寧に鍵まで掛けられいつもの窓際まで引きずられて椅子へと座らされた。
「……なに?」
どんな理由でここに連れて来られたのか、それくらい分かっているくせにわざと視線を外してとぼける。そんな俺の態度すらも予想通りだと言わんばかりの長い溜め息を吐いた針谷が向かいの席へと腰を下ろした。
「……オマエ、いい加減あかりに謝っちまえ。あの話は作り話で、オレはそんな事した事なんてありませんってな。」
「……なにが?」
「アレだろ?ほら、あの…恋愛指南、だっけ?あれで適当に経験あります的な事言って、ウマく騙されたバカ達がヘンな誤解したんだろ?で、あかりがそこだけ聞いてたと。」
「……なんでそんな事知ってるんだよ。」
「バーカ。聞いたにきまってんだろ。あかりから聞いたんだよ、昼休みに。」
「……あいつ、俺の事は避けるくせに……。」
「だーかーら!さっさとオンナなんていないしヤッた事もないって言っちまえって。それともなにか?ホントにオン―――。」
「いるわけないだろ!」
業を煮やしたのかガタガタと椅子でバランスを取り音をたてる針谷に、そんな事あるはずないと睨み付けるとだったらと言いたげに頭をかくりと落とした針谷がゆっくりと俺を見つめた。
「オマエさ―――。」
「………もういいよ。俺にそんな相手がいないとか、そんな―――他に相手がいるわけないって…、普段の俺を見てたら分かるはずなんだ。………それに……、あかりが言った通り、俺達はただの友達なんだし?あかりがもう俺と話したくないって言うなら、それで構わない。――――もともと、深入りするつもりなんて…なかったんだ。……誰とも。」
俺とは目すら合わさず、話を聞こうともしないあかりが、間違った情報と言っても針谷には素直に話したなんて―――。
針谷にどんな顔して話したのか。
たしかにこいつは思ったよりもお人よしだったりするから話しやすい―――いや、どんな理由にしろ、そこまで俺と話したくないならそれでもいい。
以前と……、入学した頃に戻るだけ。
気になっていたのは、昔の記憶とだぶるから。あの涙を思い出すから。
これ以上話す事も聞く事もないと立ち上がる俺に、僅かになにかを考え、言いたそうに瞳を揺らせた針谷を残し、その場を後にするのだった。
*僕だって恋くらいする*