「あの………、バカ…ッ!!」
窓枠についた右手で握り拳を作り、ドンと思い切り叩く。
見つめる先は海岸通りへと続く、ほとんどウチだけが使う堤防沿いの一本道。
低い防波堤と反対側にある松林の間のさほど広くない道には所々街灯がぼんやりと照らし、あかりの姿を黒く浮かび上がらせていた。
普段なら俺と一緒か僅かに遅れて店に来るあかりなのに今日はいつもよりも遅く、どうしたのかと不安になり始めた頃に聞こえたブレーキ音。
珍しくと言うより初めて自転車なんて使ってやって来たのを何故だろうなんて不思議に思っただけだったが、こういう事だったのかと舌打ちをした。
「こっ、こんにちは!」
「こんにちは。あかりさん。」
「遅くなってすみません。今日は早く帰らないといけないので一旦家に戻ってて…。」
「そうなんですか?それなら今日は休んで頂いても…。」
「あ、大丈夫です!終わったら早く帰らないといけないだけですから!えっと…急いで着替えてきますね!?」
まだ穏やかな日差しが店内に差し込む、昼と夕方の中間辺り。
息せき切って飛び込んで来たあかりの息遣い同様けたたましく鳴るドアベルに、一足先に戻っていた俺が店の制服に身を包み終え厨房から顔を出すと、もう開店かと勘違いでもしたのか慌てたようにじいちゃんに頭を下げ、脇をすり抜け更衣室代わりにしている備品をしまう部屋へと入って行く。
「瑛、今日は少し早く店を閉める事にしよう。そうすればあかりさんを早く帰せるからね。」
「ああ、分かったよ。……それならそうと早く言えばいいのに…反対にウチが迷惑―――。」
「……瑛。そんな事言うもんじゃない。いつもよくしてもらってるんだから、あかりさんを悪く言ってはいけないよ?それと…瑛は少し言葉が足りない。心の中の気持ちを素直に口にしないと、誰にも…あかりさんには伝わらないよ?」
顔だけを向かせて後ろ姿を見送る俺を、傍に近付いたじいちゃんがたしなめる。
そんな事………言われなくても分かってる。
そう思う気持ちが顔に出たのか、黙る俺の肩を軽く叩き厨房へと入ると今日の豆を挽き始め、店の中をコーヒーの香りで満たしていった。
*僕だって恋くらいする*