*世界はいとも簡単に*

教室に入る瞬間、辺りを見渡した時には気付かなかった椅子に置かれた鞄。
机の鞄掛けばかりに気を取られ、目に付かなかったらしい。

ギィと床を擦る耳障りな音を立て鞄を手にしたあかりは、鞄を胸に抱え慌てたように前の扉から出て廊下を小走りに走って消えていく。

「あー………。まさか海野さんが入ってくるとは思わなかったよなー。」
「……………………。」

俯いたその顔が何故か泣き出しそうな…もう泣いているような…見た事がないあかりの横顔で、椅子の背にもたれゆらゆらと揺らすスポーツマンAの苦笑いを無視し、教壇に振り返ると壁の時計を見たフリをして立ち上がった。

「あ!もうこんな時間。ごめんね?こんな感じでいいかな?僕、そろそろ行かないと。」
「悪いな、佐伯。"優しく"がポイントなんだよな?これで修学旅行はバッチリいけそうだよ、サンキューな?」
「あ、……うん。お役に立てたなら良かったけど……。じゃあ、また明日。」

口々に礼を述べ、笑顔で送り出そうとする奴らに『いや、たぶん無理だろ。』の言葉を飲み込み、片手を上げながら笑顔を浮かべてゆっくりと教室を去る。

少し廊下を歩いて階段まで来ると後ろを振り返り、誰も出て来ないのを確認してから階段をほとんど飛び降り、昇降口へと走り出した。

「―――――あかり!!」

固くなった緑の葉が覆い繁る校門までの桜の並木道。
慌てて靴を履きながら小さくなる背中を呼び止めると一度立ち止まり、俺に振り返る事なくまた歩き出す。
さっきよりも足早になっている気がして、小さく舌打ちしながら駆け出し右手をあかりの左肩に置いて止めた。

「おい!呼んでるんだから、待てよ!」

「…………学校で話しかけたら駄目って瑛くん言ったでしょ?」

「―――そんなのいつの話だよ。おい、こっち向けよ。」

「瑛くんの彼女さんはここにはいないみたいだから勘違いされないだろうけど、親衛隊の女の子に見つかったら大変なんじゃないの?」

「はぁ?なんの話…つーか、あれはだな――。」

「だから……肩、離してくれないかな。私も変な誤解されるの、嫌だし……。」

「だから、それはあいつらが勝手に……って!おい!こっち向けよ!」

胸で鞄を抱えたままのあかりは、俺を振り返ろうともしない。固い声、それ以上に掌に感じる固く強張った肩。
明らかに俺を拒絶していると分かる、誤解をしたあかりの肩を揺さ振るように無理矢理振り返らせた。

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