*キスしたかったから*

「したかった、じゃないでしょ!?この間から瑛くんはおかしいよ!それ以前に今の、私にとっては初めてなんだよ!それなのに――」

近くのごみ箱に花火を捨てて手を洗う瑛くんに詰め寄りながらまくし立てる。
頭の何処かで自分の言葉に違和感を覚えながら、それでも口から溢れる言葉が止められない。

――どうして私なの?

それがどうしても聞き出したい。
瑛くんが考えている事を、そういう行動に出る意味を知りたくて混乱する頭の中から浮かび上がった次の言葉を紡ぎ出そうと口を開きかけると、勢いよく流れる水の音が止まり、ゆっくりと私に向かった。

「……したかったから。おまえにキス、したかった。」
「そんなの!理由にならないよ!」
「……理由なんて…いらない、だろ。」
「――ちょっ、ちょっと!なに?何処に行くのっ!?」

不意に捕まれた手首。
水に濡れたその掌はいつも以上にひんやりと冷たく、落とした声も重なって今まで感じた事もない瑛くん。

私を引きずるように奥へと歩くその背中は何を考えているか分からなくて、捕まれた腕を引きながら精一杯力を入れ立ち止まった。

「何処に行くのって聞いてるでしょ!?それにこんな場所、何もないよ!」

夜の暗闇のせいで名前も分からない木が並ぶ寂しい雰囲気が漂う公園の隅。
何度か下がったような冷たい風が肌を撫でるよう通り抜け、さわさわと葉っぱが揺れて音を立てる。

黙ったまま背を向ける瑛くんの髪がふわふわと柔らかく揺れるのを見つめながら、投げた言葉の答えを待っていると、突然ぐいと引き寄せられバランスを崩した。

「……なっ、なに――?」

倒れるかと思うくらい強く引き寄せられ、慌てて足元に視線を落とし踏ん張ると背中に強い衝撃。
気付いた時には傍にある木に身体を押し付けられ……。
繋がれた片手は頭の上で拘束されていた。

幹に肘を付き黙ったまま見下ろす独特な色の瞳が見た事もないくらい冷たく感じ、上擦った声を上げながら空いた手で押し付けられた瑛くんの胸を押すと、呆気なくそれすらも頭の上で固定された。

「何もないのが…誰もいないのがちょうどいい。」
「―――え……?」

独り言のように呟く声を出し動いた肩の向こうに人気のない公園内が見える。
今いる場所とは違い明るくて、柔らかく降り注ぐ噴水は街灯のせいか薄いオレンジに光り幻想的に見えた。

―――綺麗―――。

何もなかったら、ただそう思って見とれてしまう輝きから意識を取り戻させたのは……。

「……ひゃっ――!?な、なにっ!?」

耳元に触れた生暖かいものに驚いて動き難い体勢のまま顔だけを横に向けると、いつの間にか瑛くんの横顔が間近にあり、私の唇が瑛くんの頬に触れていた。

―――ちょっ!私って、なんて事してるのっ!!

偶然触れてしまった柔らかい頬に混乱したまま反対側に身体を傾け、この体勢を何とかしようとするけれど、木に肘を付けた瑛くんの腕が邪魔をして身動きが取れない。

「……なぁ、おまえってさ。小さい頃、ここ……はばたき市に住んでたんだっけ?」
「――――へ?……そう、だけど……。」

頬に唇を付けられても何事もないような平然とした声と横顔と突然の質問に、私は馬鹿みたいな返事を返したのだった。

キスしたかったから
END

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