*キスしたかったから*

「ホント、凄かったな、あのジャンプ!おまえ…ちゃんと見てたか?」
「……見てたってば。あんなに大きいんだもん。見えるよ。…でも、瑛くんがあんなにはしゃぐと思わなかったな。」
「だっ、だって。それは仕方ないだろ。…あんなに凄いんだし…。」
「ふふっ。怪獣みたい、だから?でも、本当に怪獣みたいだよね?」
「だろっ?ホントは怪獣じゃないのか…?あの口だぞ?」

オルカ怪獣説を唱え興奮が治まらない瑛くんと、薄暗い展示室をゆっくり並んで歩く。

ここには何回か来た事があるけど、海の中を思わせる水槽の中は見ていて飽きる事はなく、一つ一つ覗いては言葉を交わす。

「うわぁ…綺麗な魚…。ね、瑛くん。これ、なんて名前?」
「これは…スズメダイ、だな。ソラスズメダイ。珊瑚のあるとこに住んでるな。」
「え〜?そうなの?じゃあ、はばたき市の海にもいるっ?」
「それは無理だろ、生息する環境ないだろうし。」
「いないんだ…。いたら探してみたかったのにな。」

珊瑚といそぎんちゃくの隙間から顔を覗かせる黄色い尻尾をした瑠璃色の魚に向けて硝子を突く。

そうだ。こんな魚がいるんだったら…あの時に見たはずだよね。

今年潜った夏の海を思い出す。
はばたき市の海は綺麗だけど…こんなに色とりどりじゃなかったもの。
それにいたのはこんなに綺麗な魚じゃなくて……。

「……蛸だったし、ね……。」
「なにが?」
「海にいたの。…はぁ…トラウマになっちゃうよ。海…好きだったのに、な。」
「ばっ、ばか!あれはたまたまだろ?普段はもっと綺麗な魚とかいるんだよ!」
「……でも、これはいない、でしょ?」

じっとりと瑛くんを見つめながら"これ"と瑠璃色の魚を指差すと、私を見つめた瑛くんが眉を寄せ水槽をじっと見つめた。

「確かにそれはいないけど…トラウマになられるのは困る。」
「ふふっ。私が蛸を食べられなくなっちゃったら責任感じちゃう?」
「そうじゃないよ。あ、それもだけど…おまえにあの海を嫌いになられたら……困る。」
「?……どうして?」

水槽を見つめる瑛くんの瞳はやけに真剣で…今までに見た事がないくらいで…。
思わず吸い込まれるように見つめてしまう。

「……分からない。」
「なに、それっ!」
「しょうがないだろ。どうしてか分からなかったんだから!」

ふいと水槽から目を反らし歩き出した瑛くんの背中を慌てて追い掛けながら、さっきの瞳の意味を計りかねていたのだった。

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