*余裕なんてないくせに*

屋上の扉を開け校舎に入ると、ひんやりとした空気が太陽に温められた制服を冷ます。
まだ次の授業までは多少の間がありそうだからと行き先に悩み足を止めた。

教室に戻って勉強したふりするか、人気のない場所で時間を潰すか。
でも、人気のない場所を探す間に捕まる可能性が高いな……。

階段をゆっくりと下りながらぼんやりと考えていると、聞き覚えのある声。

「だーかーらー、カラオケだって。」

この声は……針谷。
また音楽室にいたのか。
っていうか…今日は出て来るの早いな。

別に必要なんてないけど、さっきの事を報告でもしようかと足を早めると、もう一つ、いつも聞いている馴染みのある声に足がぴたりと止まる。

「えー?やだよー。それ、前にも行ったでしょ?今度の日曜は私が行きたいとこがいい。」
「…オマエ、ぜってぇオレが嫌がるとこ言うだろ?」
「………まさか!そんな事言うはずないよ!えーっと…、じゃあ…温水プール、行こ!」
「その間はなんだ!つーか、やっぱりオレが嫌いなとこじゃねーか!却下、却下!カラオケに決定!!」
「……却下でも決定でもない!あかり……おまえ、俺との約束忘れてるだろ。今度の日曜、だったろ?」
「いっ……たぁーーいっ!」

階段の終わりと廊下の終わり、ちょうどバッタリと出会ったふりをして曲がろうとしていたあかりの頭上にチョップを落とすと、突然現れた俺に驚いた針谷と、いきなりチョップを食らって涙目で頭を摩るあかりの前で何食わぬ顔で話を進める。

「ホントに馬鹿だな。ちゃんと覚えてろよな?前から言ってただろ。水族館、って。」
「………そうだっけ〜?そんな約束、したかなぁ?」
「……したの!してただろ!」
「えぇ〜〜?」

『そうだったかなぁ?』と頭を捻るあかりに文句を言いながらもう一度チョップの体勢に入るとニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた…。

「なに!?」
「いんや。何でも?相変わらず余裕ねぇなと思っただけだ。」
「何処がっ!?って言うか、どういう意味だよ!?」
「べっつに〜?テメェの胸に聞いてみろ〜?じゃあ、またな?あかり。約束くらいちゃんと覚えとけよ?」
「ちょっ、針谷!どういう意味だよ!」

ポン、ポンと俺の肩とあかりの頭を叩いて針谷が教室に戻る為階段を下りていく。
俺の叫びを背に受けて『さぁな〜?』と手を振りながら。

…余裕って……どういう意味だよ。

余裕なんて……最初からある訳がない。
本当の俺を見失うくらい…毎日張り詰めている。
そんな事くらい…俺が一番分かってる。
でも……。針谷が言ってるのは…そういう事か……?

隣に心配そうな表情を浮かべたあかりがいる事なんて気に留める事もなく…針谷が下りて行った階段を見つめ続けたのだった。

余裕なんてないくせに
END

prev next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -