*そんな君は知らない*

カランと軽やかなドアベルの音を響かせながらお店に入ると、微かな珈琲の香り。

「じゃあ、着替えてくるね?」
「あぁ。」

瑛くんの部屋があるらしい2階へと上る階段の下で瑛くんに声を掛け、更衣室に使わせて貰ってる部屋へと入る。
簡易のロッカーにある制服は、少し大人っぽいデザインでとても気にいっていて…。
手早く着替え終わると、姿見で背中まで確認しお店に戻る。
何故かいつもの髪型のままの瑛くんが厨房の中にいて、どうしたんだろうとは思いながら開店の準備を手伝う。

「テーブル拭き終わったよ?」
「ん、サンキュー。」
「えーっと。次は何しようか…って、ねぇ。今日はマスター遅いね?」
「あ?あぁ。そういえば…そうだな。」

カウンターから中を覗き込むと、グラスを拭いていた瑛くんが店の壁に掛かる時計に目を向ける。

いつもなら、もっと早い時間に来てるはずなのに…。

同じように時計に目を向けると、タイミングよく電話のベルが鳴った。

「はい。喫茶珊瑚――って。え?…あぁ、うん。それはいいけど。…分かった、伝えとく。じゃあ――。」

私に背を向けた瑛くんの表情は分からないけど、何かあったのか戸惑うような感じ。
もしかして、マスターからなのかな?
そう思いながら背中を見つめていると、瑛くんがくるりと振り返った。

「電話…じいさんからだったんだけど…。ごめん、今日は店、開けないらしい。」
「そうなの?もしかして、具合が悪いとか…?」
「いや、そうじゃなくて。何か用事が出来たらしくてさ。帰りが遅くなりそうだからって。」
「ふ〜ん。そうなんだ?分かった、じゃあ、私帰るね?」
「あ、ちょっと待って!」

すまなさそうな瑛くんに気にしてないからと笑いかけ隣を通り過ぎ着替えに戻ろうとすると、突然腕を掴まれる。

「今日はもともとバイトだったんだから、慌てて帰らなくていいだろ?…俺の部屋でも寄ってかないか?」
「……え?なんで…?」
「まぁ…今日のお詫びっていうか…。珈琲淹れてやる。」
「はぁ…別に…いいけど。急いで帰らなきゃならない事もないし。」

いったいどういう事なんだろう…?そう思いながらも頷くと、パッと顔を明るくさせた瑛くんに腕を掴まれたままで階段を上がった。
そういえば…ここを上がるのも、部屋にお邪魔するのも初めてだよね。

「どうぞ?入って?」
「お邪魔しま〜す…。うわぁ〜、凄い!目の前が海だ〜!」

木製の扉を開けられ、まず目に飛び込んできたのが……。
一面の輝く海。窓枠が額縁みたいで…雰囲気がとてもいい。

「…じゃあ、珈琲淹れてくるから……適当に座ってて?」
「へっ…?」

フラフラと窓辺まで近付いて外の景色を眺めていると少し離れた所からの声。
素っ頓狂な声で振り向くと、ドア枠に肘をついた瑛くんと目が合う。
じっと私を見つめた瑛くんが静かに扉を閉めた。

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