いったい幾つの鐘の音を聞いたのか。
少しだけ肌寒くなった風に、膝を抱え握り締めた掌を緩め、頭をゆっくりと上げる。
目の前にぼんやりと浮かぶのは、そこにはあるはずのないオレンジの海とその光りを背にした黒い人影。
もう誰だかは分かっているシルエットから徐々に影が泡のように消え、記憶の中の女の子に変わりかけ、今のあかりへと姿を変える。
いや、あの女の子が朧げになっていて、その子の前に笑っているあかりが浮かぶ。
唇が俺の名前に動き、そしてあの時の…『運命なんていらない』と言ったあの時の泣き顔に変わり………。
「俺はイヤだ!おまえが…おまえが――!!」
勢いよく立ち上がり、泣き顔のあかりに向かって叫ぶ。ああ、俺はあかりの事が、あの時の約束とは関係なくあかりが好きなんだ。そうはっきりと気付いた瞬間、ざわざわと辺りの木々の葉が揺れて泣き顔のあかりが揺れるように消え、昼休みに買った購買の袋を残して駆け出した。
――――もう帰った後か―――?
鞄を手にし帰ろうとする生徒達の間をすり抜けるようにして廊下を走り教室に戻ると、すでにあかりの姿はなく、群がろうとする女子達に見向きもせず自分の机から鞄を掴み、また教室を飛び出す。
何事かと振り返る生徒の間を縫うように走り抜けると、のんびりと歩く針谷の背中を見つけ、その肩を掴んだ。
「………おまえがどうであれ、あいつだけは渡さない。あいつは…あかりは、俺だけのものなんだ。昔も……今も。これからも。」
ぴたりと足を止めゆっくりと振り返る針谷に、屈むように顔を近付け真っ直ぐにその瞳見つめる。
俺の宣戦布告とも言える言葉を、少し目線を上げじっと見つめながら聞いていた針谷が僅かに笑い、顎をくいと上げた。
――――あれは………あかり!!!
つられるように顔を向けた先には、校門から出ようとする見慣れた後ろ姿。他の誰とも間違えるなんて事なんかないその背中に、針谷の肩を掴んでいた手を解き慌てて走り出した。
俺の言葉で、俺の本当の気持ちを…心を伝えるために。
END