*僕だって恋くらいする*
逃げ出すようにその場から離れ、足早に人気のない校舎裏の壁に身を隠し、どさりともたれる。
今のは……いったいなんだったんだ…?
この目で見たはずの光景が、今でも信じられない。
なんであかりと…よりによって針谷なんだ?
針谷はあかりの事が好きだったのか?
それはいつから?
俺が気付かなかっただけか?
それよりも、まさかあかりもなのか?
混乱した頭の中に浮かぶのは疑問符ばかりで、掌は汗ばむのに冷たく感じる。
血の気が引くような感覚に立ちくらみのような眩暈がして、ズルズルとその場にうずくまった。
それなら……どうして俺があの時…いや、あの時だけじゃない。あれから何度もあった。あの時だって、あの時だって。拒まれた事はなかった……はず。
それは俺の勘違いだったのか。
ただ拒めなかっただけで、本当は針谷の事を思っていたのか。
だからあの時、誤解をされたくないと…本当にされたくない相手は針谷だったと言うのか。
膝に頭を埋めたまま、ぐちゃぐちゃになった感情が、あの時からのあかりの顔と一言一言が頭に浮かんでは消えていく中、微かに耳に届く予鈴の合図。
授業なんてどうでもいい。そんな気分になんてなれない。
心の奥底に沈んだ俺はそう呟く。でも……俺の気持ちを優先させる訳には…ここでは、出来ないんだ。そう決めて今を手に入れたのだから。
そう心の中で俺に言い聞かせて固まった身体を動かそうとするけれど、浮かぶのはあのシーン。繰り返し繰り返し、針谷の掌があかりを引き寄せる。
その度になぜと、まるで迷路に入り込んだように気持ちが引き戻され、沈んでいく心には本鈴の音も届かなくなり、閉じた瞼の裏に広がる真っ暗な世界を見つめ続けたのだった。