昼休みに渋々と重い足取りで向かうのは購買。本当ならさっさと話をすませたいとこだけど、当の針谷が遅れるのなら先に昼メシでも調達するかと少しざわついた列へと並ぶ。
特別食いたいものはないし、とりあえず腹の足しになればいいと物色していると、背中で黄色い声がした。
「……ごめんね?今から針谷くんの所に行かなくちゃいけなくて。なんだか相談事があるみたいなんだけど……ほら、やっぱり友達の力にはなりたいから。ごめんね?」
さも、申し訳なさそうな顔を作ると、また明日という言葉を残し諦めて去っていく。
―――明日は見つからないようにしないとな。
そんな心を作った笑顔で隠し、黄色い声の持ち主達を見送って、整然と並べられたパンの中からいつものようにサンドウィッチとコーヒーを手にして代金を払い、ゆっくりと階段を上り始めた。
今日は何を言おうとしているのか。まだあかりとの仲をなんとかしようとしているのか。
昨日の針谷の顔と電話での妙に窺ったような声は気になるところだけど、今さら何をどうしたところで何一つ変わる事はないとはっきり伝えるのもいいかもしれない、と相変わらず人気のない階の廊下を進み、音楽室の扉の前に立ったところで、扉の窓からこちらに背を向けて座るあかりの姿が見えた。
……なんであかりが…ここに……?
そんな疑問を頭に浮かべながら手をかけると、あかりの正面には針谷。
何故かいつもの席ではなく、中央よりこちら側。しかも、お互いが身を乗り出している。
―――なんなんだ?いったい。
遅くなるはずの針谷がすでにいる事、そしてこの時間、この場所に来る事を避けていたはずのあかりまで。
『いったいどうして』そんな言葉ばかりが頭に浮かぶ中、扉の取っ手に手をかけ開こうとした瞬間、部屋の中の針谷の手がふわりと動き、あかりの後頭部に触れて………。
―――――!!!
扉を開ける事なく硬直した俺の目に飛び込んできたのは、向かい合って座った針谷があかりの頭を引き寄せた図。
少し顎を持ち上げているあかりの身体が傾いて……。
時間がゆっくりと流れるようなその光景を、まるで吸い込まれるかのように瞬きを忘れた俺の目は釘付けになり、一枚のガラスで隔たれた指先が鼓動に合わせてぴくりと動いて意識を取り戻し、どうする事も出来ずその場を逃げ出すように後にした。
*僕だって恋くらいする*