「違う!素だ!」
「そんなの変だよ!海老なの!海・老!」
「バカ!夜中だぞ?夜中なんだからおかしいだろ!」
「おかしくなんてないよ!夜だもん!夜ご飯だもん!」
「あ?夜だって!?それ、ぜーったいおかしい!」
首からかけたバスタオルで髪を拭きつつ、携帯の向こう側のあかりと押し問答を繰り返す。
真っ暗な部屋に戻り電気をつけると、闇に慣れた瞳に光が突き刺すように差し込み、寄せた眉を更に寄せた。
時間は10時半。店も終わり疲れも落とした風呂上がり、少しの間の時間潰しと今後の連絡を兼ねてあかりに電話を入れ、いま何故か口論になっている。
「おまえなー、年越しなんだぞ?その辺の店で食ってるわけじゃないんだぞ?そんなもの入れなくてもいいだろ。かまぼこと鰹節で充分だろ。ネギ入れたら完璧だろ。」
「えー?そんなおじいちゃんみたいなのヤだよー。大きい海老天を入れるのが美味しいんだよー?」
「悪かったな!じいちゃんで。ウチは昔からそうなんだ。それに、年越しなんだから、年を越す時に食うもんなんだよ!」
「えー?そんな時間に食べたら眠れなくなっちゃうよー。だいいち太っちゃうもん。」
「バーカ。縁起物なんだから、しきたりに合わせるのが日本人なんだ。」
机にある置き時計を手に取り時間を確認してから、ベットの縁に座って頭を拭く。
まったく、あかりの家ってどうなってるんだ?普通、年越しソバって言うくらいなんだから、俺が言ってる方が正しいだろ。昔からそうだろ。
ガシガシと少し乱暴に、この口論を表すように頭を拭いていると少し黙ったあかりがそれまでとは違い不思議そうな声を上げた。
「ねぇ…しきたりって、どうして?どうして年を越す時にお蕎麦食べなきゃならないの?お夕飯じゃダメなの?」
「それはだなー………。」
相変わらずバカだ。と、理由を説明しようとし、口を開きかけて言葉が詰まり頭を拭く手を止める。
*年越しソバ