*遺伝子

「―――は?」

相変わらずこいつの口から零れる言葉は俺の意表をつくものというか、範疇外というか想定外というか。夕暮れよりも少し手前まだ準備中の店の中、シュガーポットをテーブルへと並べながら突然悩み出すあかりに振り返り、その背中を呆れて見つめた。
女子というものは、本来がこういう思考能力をしているのだろうか、それともあかりが特別なんだろうか。

「だって。毎日見てるんだから気になっちゃうよ。どうなのかなー?って。」
「どうなのか…とか言われても、俺に分かるわけないし。」
「そんな事ないでしょ?こういうのって、小さい頃から言われるもん。」
「あかりは言われてたのか?」
「…………ぅ、……言われてた。し、…今も言われるの。」

セッティングを終えた右手に持たれたダスターで力強くテーブルを拭き出す背中が前後に揺れている。どうやらそれはとてつもなく不満らしいというのがその動きで分かった。ついでに盛大に頬を膨らませているであろう事も。

「じゃなくて!私じゃなくて瑛くんの事なの!」
「…………ぷっ。」
「もー!!どうして笑うのー?」
「だ…だってさ。…ぶっ…面白い顔…。」
「お・も・し・ろ・く・な・い・の!」

くるりと振り返るその顔は俺の想像のまま。
唇をすぼませながら頬を膨らませている姿はまるで海辺の土産屋なんかに吊るされているフグの提灯そのもの。堪えきれずに吹き出す俺に向かって一語一句を強調させて凄んでいるつもりなんだろうけど、小指の先程にも恐れを感じないどころかまるで小動物が餌を頬に詰め込んでいるようで、どちらかと言えば微笑ましい。
笑いを堪え、一瞬で顔中の筋肉を集めて唇を一文字に結んだ俺の努力を打ち砕く表情は、凄まじい攻撃力と破壊力だ。
相手はあかりとはいえ大爆笑するのも失礼かと、咄嗟に顔を背ける。

「笑いすぎ!」
「だってさ…ごめ……。」
「もう!ごめんって思ってないでしょー?」
「そんな事…そんな…ぷっ。」
「やっぱり思ってないー!」

思っていないと強く否定した所でそんな事微塵も思っていないのはバレバレで、それでもとりあえずは顔を背けて笑いを押し殺す。腹筋が痛くなるほどの時間、と言っても実際はほんの数分。肩で大きく呼吸し息を整える。まだ怒っているのか、それでもふくれっ面だけは直ったあかりに顔を戻した。
どこか恨めしげな視線がちくちくと刺さるようで痛い。
これでも気を使ったつもりだと言えばまたさっきのフグ提灯になってしまうだろう。まだ笑いの波が引き切っていない俺が吹きだせば本格的におかんむりで、公私混同はさせないだろうけど今から開ける店にも影響あるかもと宥めるように両肩を押さえ、今セッティングしたテーブルへと席に着かせてそそくさと店の奥に引っ込み、冷蔵庫から新しく用意した季節限定のデザートを皿に盛り付ける。
機嫌取りな訳じゃないけれど、冷凍庫から出したアイスも脇に添えて。
しかもバニラとチョコの2色。かなり奮発。


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