*真夜中

店に居る時よりも部屋が明るい気がするのは、空に少しだけ近いせいなのか。
腕を伸ばしながら教科書を机に軽く放り投げ、カップからコーヒーが零れないように気を使いながらベットの上を膝立ちで窓辺に近付く。
海のど真ん中、高い位置にある月は、今にもなくなりそうに細く、でも金色に輝いていた。

「さて……っと。」

カップを窓枠に置いてからポケットに突っこんだままの携帯を開くとさっき見たままの画面が光に浮かびあがり、続きを見るためにボタンを押しその文字を目で追い掛けた。
焦る顔が目に浮かぶような、そんな文面。どうやら俺を起こしてしまったと勘違いしているようだ。
普段から出来る限り睡眠を取ろうとしている事は、ウチでバイトしているから知っている。
確かに、この時間なら何か特別な事でもない限り眠っているんだから、あかりが慌てても仕方ないかと小さく笑った。

「返事、どう返すかな…。」

使い慣れないメールというものは、面と向かって話す事とは違いすらすらと言葉が浮かばない。
唯一やり取りするあかりにさえ、たった数行。いや、毎回一行だ。

「…眠れないのか?――っと。」

携帯画面の上端には、真夜中を告げる数字が並んでいる。さすがにそろそろ眠らないとまずいと頭の端に浮かぶものの、会話が続くよう疑問符をつけて送り返す。

間髪置かずに返って来た言葉は俺が怒っている事を前提としていて、また一人部屋の中でカップを口にしながら笑った。

「………ホント、バカだな。目の前にいたらチョップしてやるのに……残念。」

そろそろ眠らないと本当にまずい。きっと注意力が散漫になって、授業も頭に入らないはず。
そう思うのに指はメール画面を消しアドレス帳を辿る。
俺の携帯に登録されたたった一人の番号。

「………あ、もしもし?俺。なーに夜更かししてんだ。あ?別に怒ってなんかないし。それより…ちょっと付き合え。寝不足の道連れにしてやる。」

あと1日。
金曜になった今日を乗り切れば土曜は少しゆっくり眠れる。
下手に眠ってしまうより、メールでのもどかしいやり取りをしているより、こうやって直接電話で声を聞く方がいい。

耳に届く声はやっぱり慌てていて。でも、なんとなく心が穏やかになるような聞き慣れた声。
そんな不思議な感覚を感じながら身動きして壁に背を預けた。

こつと頭に当たるガラスはひんやりとしているけれど、穏やかな波音が近く、暗い部屋はまるで夜の海の中のような気がした。


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