「あー……、俺だけにはなかったんだっけ?たしか。……まあ、いいけどな?別に。」
そういえばと思い出すのはあの忌まわしい光景。
針谷だの志波だの氷上だの、早い話が俺を除いて仲がいいすべての男子共に配り歩いているくせに、俺にはいったい今日は何の日だみたいな顔していて。
去年は学校で呼び出すな、なんてあかりに言ったし、学校帰りかもとか、店が始まる前かもとか、店が終わってからかもとか、とかとかとか。
結局、なんの連絡もなく一日が終わったんだったと、あの時期待した俺の気持ちをどうしてくれるんだ、と口には絶対にしないけど眉間にシワを寄せた。
「だっ、だって!あれはバレンタインじゃないもん!」
「はあ?おまえ、針谷にバレンタインのチョコって言ってただろ。」
「そ、それはそうだけど!でもちがうもん!ちゃんと大切な人には、ちゃんと当日に渡したいもん!だから、瑛くんにだけは渡さなかったんだもん!」
「…………は?」
「今年は日曜日がバレンタインで、私だけが瑛くんにチョコあげられるんだもん。いっぱい頑張ってチョコ作って、頑張っておしゃれした…のは、やっぱり変わらなかったけど……。」
まくし立てるあかりがどんどんと俯き、声が小さくなる。手元をじっと見つめ少し黙り込んだ後、鞄の中から小さな箱を取り出し両手に包んで顔を上げる。
少し目を潤ませた、それでも柔らかな、いつものあかりの笑顔。
「はい、瑛くんに。瑛くんだけに。バレンタインのチョコ。…あまり上手に出来なかったんだけど。」
「え、っと…その……あー……、サンキュー。…なんか……色々…ごめん…。開けていいか?」
「うん。でも、本当に上手じゃないの。」
思っても、想像すらしていなかったあかりの行動と、さっき感じた違和感にようやく気付き、アタフタと、しどろもどろに両手を差し出しその小さな箱を受け取る。
薄いブルーの小箱に濃いブルーのリボンがかかったそれは、掌サイズのもので、リボンの端を軽く引くとスルリと音をたてながら滑るように解けた。
*バレンタイン