弾かれたように顔を上げたあかりの満足そうな呑気な顔に、伸ばした手を手刀に変え頭に落とすと腕を掴み脇へと退き、そのまま人の波に飲まれない場所へと引っ張る。
目を白黒させ丸めたあかりのデカイ声に、少し落ち着いた場所で足を止めた。
「遅いんだよ!いったいいくつ願えば気が済むんだよ。あーいうのはひと……一つか二つって相場が決まってるだろ!」
振り返りあかりに文句を言いかけるものの、一つと断言してしまうとバレた時に突っ込まれかねないと曖昧に言葉を濁す。
こういう時のあかりは鋭いんだ。まるで人の揚げ足を取るように。
「………ひとつ、だよ?私のお願いって。」
「はあ?そんなわけないだろ!あれは10個くらいある長さだろ!」
「そんなにないもん!ひと…あ、あれは二つになるのかなぁ……?」
「俺があかりの願い事なんて知るわけないだろ。神様じゃあるまいし。」
「あはは。そうだよね?でも…珍しいね?瑛くんが神様、だなんて。」
「…………神様なんていない。」
「ぷっ…。今、いるって言ったのに。」
「いるとは言ってない。あかりが心の中で願った事なんだから、分かると言えば……という例えなんだ。ぼんやりなあかりにも分かりやすく言っただけだ。」
「もう!相変わらず捻くれてるんだから!」
人込みから外れた夜風はさっきよりも冷たく感じて身体が震え、こんなところに長居は出来ない、用事も済んだ事だし、とあかりの手を引き帰る参拝客の波に戻る。
やっぱり人の揚げ足を取るように楽しそうなあかりに文句を言いながら、考えている事は同じなのかやけに流れの早い足並みにつられ鳥居を潜り抜け神社を後にした。
時間はまだ真夜中。雪でも降りそうな厚い雲の切れ間に、名前も分からない星が見える。
「さて……っと。これで新年の行事は終了。あ、そういえば…あかり、さっき二つとか言ってたろ?なにを願ってたんだ?」
「内緒。言ったら叶わないもん。瑛くんは?瑛くんはなあに?」
「………ケチ。まあ、俺も秘密。言ったら叶わないんだろ?……今からどうする?」
「瑛くんだってケチんぼ、だよ。えっとね〜、腕のいい未来のバリスタさんが淹れた美味しいコーヒーと素敵な会話を楽しみたいかなぁ〜?」
「ぷっ。………かしこまりました。では、お客様がご満足して頂けるよう、心を込めて淹れさせて頂きます。」
首を傾げてねだるあかりのお願いという仕草に、やっぱり正月くらいは神様とやらもいるかもしれない、とあかりの家とは違う海岸線の方向に身体を向け、神社を後にするのだった。
END