策略のマグカップ

――― 出来た。

ガチガチになった肩を揉み解して、大きく伸びをする。
窓から射し込む光に今何時だろうと時計を見上げれば、やっぱり完全な朝。
覚悟はしていたものの、一睡も出来ないというのは辛いと溜め息を洩らす。

この行事は、つくづく男に不利に出来ていると思う。
どこの誰だか知らないが、こんな事を考え出したのは女子に違いない。

まったく、迷惑な行事を作りやがって……

一人ブツブツと呟きながら、今出来上がった物を掴むと前回と同じように名前を書きながら付箋を貼っていく。
今日は世間じゃホワイトデーと呼ばれる日。バレンタインデーなるご迷惑な行事のお返しをする日。

あの悪夢のような日に学校と店に来た客から貰った数は、市販品で準備などしようものなら破滅するぐらいで。
テストもあるというのに、仕方なく先週から準備させられていた。

こんな事がなかったら、あの誘いにも乗っていたのに……。

テストも終わった土曜日の夕方、開店前にもやっていた下準備の最中に入った一本の電話。
クッキー種を棒状に纏めていた俺は、珍しい相手からの電話に何事かあったのだろうかとバターでベタベタになった手を気にしながらも携帯を摘み上げた。

『あ、うん。えっと…… 今、大丈夫?』

電話の向こうから聞こえてくる声は、いつもと違って遠慮がちで。
その前から俺が最近疲れている事に気付いていたから、また何か言い出すのかと思った。

『あ、あのね?テストも終わったし、ちょっと息抜きなんかどうかな〜と思って!』

そうまくし立てあははと笑う声に、いったいどうしたんだ?という疑問が沸き起こる。
ただ、こいつなりに気を使ってくれたんだろうと思い、電話を思わず持ち直してすぐさま返事を返し、ハタと目の前のものに気が付いた。

「っと、……やっぱ、止めとく。」

明日もこれに充てないと、どう考えても水曜日には間に合わない。
一人一枚という訳にもいかないその量は、売り物なんじゃないだろうかというところまできている。

「あ〜、ちょっと用事っつーか……。」

ちゃんと理由を話すべきか……、だがこの大量生産とは別にだけど、返すためのものは作るつもりだから話すのもな……。
どう言えばいいのか悩んで、今回は無理だけどその次の日曜ならと言おうとした時天音が一人納得して会話を終えようとする。

「ちょ、そうじゃなくて、来週ならって!」

こっちの話も聞かず、じゃあとやけに明るく電話を切られる。
まったく、最後まで人の話を聞けよ。月曜日はまずチョップの刑だな。と携帯を閉じて気が付いた。
思わず握り締めた携帯が、バターでベタベタになっている。

やっぱり連続チョップの刑だ。
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