03 肩に手に
「これでよしっと。じゃあ、始めるか」
辺りに人影もない体育館裏の一角で、俺の右足と天音の左足を紐で結んで立ち上がり、肩に手を掛ける。
右腕にすっぽりと収まる華奢な身体。元々基礎代謝はいい方だと思うけど、今日はいつもより右腕が熱っぽく感じる。
「佐伯くん、どうしたの?」
普段こんな至近距離……というか、密着するなんてないんだから、ちょっとくらい気にしても良さそうなのに、俺を見上げる天音の表情は至って普通。
俺ってそんなに存在が地味なんだろうか……。つーか、俺が意識してんだからおまえもしろよ。いや、実際されたら困るけど。
「……なんでもない。いいか?こっちの足からだからな?ミスるなよ?」
色んな事を悟られないよう、肩に回した右手でチョップ。
―――次は二人三脚です。出場される生徒のみなさんは―――。
放送席からのアナウンスで所定位置に着く。
さっきまでやっていた練習は完璧。
足首を一つに縛ったまま、一歩一歩前に進み、順番を待つ。
あと少しで自分達というところで隣の天音の身体が強張るのを感じる。さりげなく表情を盗み見ると、どことなく違和感。
突然どうしたんだ?と疑問に感じる間もなく、その理由が分かった。
「おまえ、緊張してるだろ」
「ど、どうして……。あ、あの……まさか、覚えてた、り……?」
「する。俺を誰だと思ってるんだよ」
天音が去年言っていた小さな約束。誰にも言ってなんかないし、誰も気付かなくていい、二人の秘密。
今年だって、誰にも知られなくていいし、知られたくもない。
近付く出番に、もう一度、さっきと同じように肩に腕を回し、心持ち引き寄せる。
「聞かなくていいからさ、おまえは足に集中してろ。俺が合図してやる」
「うん。佐伯くん……ありがと」
「よし、一番、取るからな?」
天音が自分の右肩をじっと見つめ、そして俺を仰ぎ見る。
少し恥ずかしそうな、はにかんだ笑顔はやっぱり反則。
俺の横腹の体操服を遠慮がちに掴むのも、なんか反則。
散漫になりそうな意識を振り払うようにスターターピストルを凝視し、天音の肩に合図を送ったのだった。