05 指先で約束
座り直した天音が頬を膨らませ、抱き抱えたヌイグルミを投げつけるフリをする。
勿論、この狭い空間で暴れたりは出来ないからフリだけなんだけど、さっきまでの沈んだ雰囲気が消えただけでも俺はホッとしていた。
少しだけ、風に揺れながら視界が空に近くなっていく。
規模が小さいといえども、自力では感じられない高さだ。
「−−−あ。」
「どうしたの?」
「ほら。海だ。」
天音の背中で反射する光。
木々、街並み、そしてその向こうに空と繋がったような青い海。
空との境界線は光の反射。ここから見ると、穏やかそうに凪いでいる。
俺が指す指先に合わせ、身体を捻らせる天音。
「わぁ。キラキラして綺麗……。」
「だな。やっぱりいいな、海。」
「ほんとうだね。佐伯くんが観覧車って言ってくれたから見れたんだね!」
その声で想像できる表情のまま俺に振り返る。
それ、反則だから。
「最初に言ったのはおまえだろ?それにしても…もっと大きいといいのにな。」
「でも海まで見れるよ?それに−−−ねぇ、佐伯くん。」
「なに?」
ちょうど今が頂上辺りらしい。天音の背中にあった海が空に変わる。
遠くを見つめていた天音が顔を地上に向けた。
何を見つけたのかと俺もガラス越しに下をのぞき込む。
「パレードってあの辺りでするの?」
「あー、そうだろうな。そういうの、メインストリートなんだろうし。」
天音が指を指したのは、俺達が歩いてきた方向。
真っ直ぐな通りに少し広くなった場所、子供の頃のうっすらとした記憶だから確かではないけど、全体を見渡す限りでは、やはりそこしかなさそうだ。
「そっかぁ……あそこなんだ。」
呟く天音が食い入るように地上の一点を見つめる。
そこまで気になるか?
「おまえ、こっちに居た事あるんだろ?来た事ないのか?」
「うーん。どうなんだろ?小さかったから記憶にないのかな?」
かな?と言われても、俺が知るわけないし。
でも、去年思った事。あの時はきっかけがなかったけど、今なら。
「気になるなら、さ。夏に来るか?一緒に。」
「ほんと?」
登る時は遅く感じたのに、降りる時はあっという間な気がする。
地面に近い空を背に天音が俺をまっすぐ見つめる。
その笑顔はやっぱり輝いていて、さっき見た海の光より眩しいくらいだ。
「ああ、夏にな。」
「絶対ね?」
「ああ。絶対、な?」
なんか大げさ、なんて笑いながら小指を差し出すと、俺の指に絡まる天音の小指。
ゴンドラくらいこの観覧車が大きかったらよかったのに。という思いと、嫌々だったけど来てよかった。という思いと。
この後、まだ続く針谷達とのやりとりも忘れ、指先の約束から夏を待ちわびる俺なのだった。