03 指先で約束
「やっぱり訂正。」
メルヘンな色彩。メルヘンな音楽。メルヘンな馬。メルヘンな馬車。
この異様な空間の中にいる俺。
いろんなものを引き替えにしてここに居なきゃならないんだったら、さっきのくらいじゃ割に合わない。
そのメルヘンなもののひとつ、馬車の縁に肘を置き大きく溜め息を吐く。
ぐるぐると回る現実の世界は残像のようにぼやけて見えていた。
「……ごめん。」
消え入りそうな天音の声。その声で正面の天音に向き合うと、抱き抱えた熊の頭に顔を押しつけ小さくなっていた。
隙だらけな天音の後頭部。
馬車の縁に預けていた腕を下ろし、俺は掌を垂直に構えそのまま真っ直ぐ振り下ろす。
うん。相変わらずいい角度だ。
「……いたい……。」
いつもなら怒って食いついてくるのに、天音は顔を埋めたままピクリともしない。
確かに、これに乗り込む前にも西本と一悶着あったけれどさ、これじゃあ俺の方が悪者みたいだろ。
「おまえさ。こうなる事くらい想像つくだろ。」
「……ごめんなさい。」
「あー。もういいって。仕方ないから許してやる。」
俺の悪態に、益々身体を小さくさせる天音。
振り下ろしたままになっていた手で頭をくしゃくしゃと撫でた。
なんかこういうの苦手なんだ。泣かれたらどうしようとか思うし、かといって急に優しくとかって俺の柄じゃないし、そもそもどうやってすればいいのかとか分かんないし。
ホント、なにもかも苦手。
「だから。顔上げないと話出来ないんだからさ、普通にしてろ。」
「……うん。」
撫でていた手の向きを変えて、もう一度チョップ。
それを合図に、漸くヌイグルミから顔を離す天音。
まだうつむき加減のその顔は、このメルヘンな音楽とは場違いな程沈んでいる。
どうしたものか。
俺はまたひとつ溜め息を吐いてさっきまでと同じように馬車の縁に肘を預けた。
「ほら、見てみろ」
「え?」
はじかれたように顔を上げる天音に、斜め後ろの二人を見るよう顎で合図する。
あれだけ文句を言っていたはずなのに、針谷は茶色の木馬の上で楽しそうだった。
「満喫してるだろ、ガキだから。」
「う、うん。でも…佐伯くんは−−−。」
「俺はガキじゃないからしてない。けど…。」
「だよね…。」
「こら、話を聞け。けど、今回だけは許してやる。あいつらと顔を付き合わせてなくていいしな。」
そう。今のあいつらは二人だけでじゃれ合っていて、俺達の事など気にしてはいない。
この遊具じたいが三層になっていて、俺達よりも外側の二人が時々追いついてはちょっかいをかけて抜いていくけれど、その時さえ意識していれば園内を歩いているよりずっと楽なのだ。まあ、この空間がイヤなのは変わらないけど。
それで思いついた事がひとつ。
背もたれに預けていた身体を起こして前のめりになると、天音にも指先で近付くように合図する。
まだ浮かない顔をしつつも同じように身を傾けた。
「ちょっと思いついたんだけどな?おまえさ……。」