05 覚えてる
「お疲れ様でした〜。じゃあ、佐伯くんまた学校―――でっ!?」
「学校で〜、じゃないし。」
「だって、今日は私が押し掛けてきたんだし!」
「だってじゃない。何回言わせるんだ。送るって言ってるだろ。」
「いたっ!痛いってば!もう!わか――分かったってば!」
本当に店を手伝わせるつもりはなかったけれど、天音は律儀に店にやって来た。
いつものように学校帰りではなく、家族に伝えるために一度家に戻ったらしい。そこまでして手伝わなくていいと言うと、働くのは楽しいからと笑っていた。
学生にとっては平日でも、世間一般には連休中。夜の客層は会社員が多いウチの店は一人でも充分店を回せる程で、片付けを含めてもいつもより早い時間の店じまいとなった。
相変わらずさっさと帰ろうとする天音の頭に強めのチョップをおみまいし、二人で店を出る。夜の海風はまだ肌寒く、ポケットに両手を突っ込みながら並んで歩いていた。
「佐伯くん、佐伯くん。」
「なに。」
「ね、あっちから行かない?」
「あー……。まあ、いいか。」
俺のチョップを頭に受けて不貞腐れたように黙り込んでいた天音が突然腕をというよりシャツを引っ張る。
海側を歩いていた天音が指差すのは、水面に月が浮かぶ砂浜だった。
普段だったら回り道になる浜を歩いて帰ろうなんて絶対に思わないけれど、今日は時間も早いし明日からは学校も休みだし、月明かりもあるからいいかと安易な気持ちで近くの階段から浜に降り始めた。
「―――わ…きゃっ!?」
ズルと砂に何かが滑る音と同時に大崎の慌てた声。
思わず振り返り、咄嗟にポケットから手を抜いて。
―――――スローモーションのように落ちかけた天音を受け止めた。
「……大丈夫か?」
「だ……大丈夫。」
「なら……、よし。いくぞ?」
思わず腕を伸ばしたのか俺の胸に両手を当て、肩に額をつける天音に少しだけ顔を向ける。
天音の髪からシャンプーなのかいい香りがして触れた頬が熱くなるのが分かるけれど、平常心を装いながら抱き留めた身体を静かに離し、代わりに右手を握った。
あの日のあの時と同じくらい驚いたのか、黙ったままの天音は俺に手を引かれるままゆっくりと浜辺を歩く。
気付かれないように天音に視線を向け怪我はなさそうだとホッと胸を撫で下ろしながら、ある願いのような思いが込み上げ、少しだけ握る手に力がこもる。
「……あのっ。」
「な、……なに?」
「ありがとう。また、助けてもらっちゃったね?」
「いつも俺がいるわけじゃないんだから気をつけろ。」
「う……。ごめんなさい。」
これで二回目だと笑う天音の手を握ったまま頭にチョップをおみまいする。
やっぱりアレの事も、いや。そのずっと前の事も。
俺だけが覚えている事を思い出さない天音に俺が感じた気持ちを気付かれないようにわざと怒ったフリをしながら、俺自身も今日起こったある出来事をすっかりと忘れていたのだった。