02 覚えてる

足を早めながらいつものように近道をしようと浜辺への階段に近付く。後ろから追いかけて来る天音の足音がパタパタと聞こえ、やはりこっちからは行かない方がいいと思い直し立ち止まった。

「佐伯くん足が早いよ。でも、どうしたの?」

「なんでもない。」

「でも―――。あっ!」

「な―――なに!?」

「えっとね?はるひちゃんと約束した日があるからその日だけはダメなんだけど……。」

階段を降りる手前でまた海岸沿いの道を歩き出した俺の真後ろで天音が素っ頓狂な声をあげる。

もしかして、俺が思い出したあの出来事を天音も思い出したのかと内心焦りながら振り返ると、そんな事すら思い浮かばないという顔。

そういえばあの時こいつはそうなった事に全く気付いてなかったんだ。

俺だけがあの時分かって、俺だけが焦って、俺だけが思い出して、俺だけが意識した。
今もあの時の事を思い出している俺の目の前で何も気付かない天音は申し訳なさそうに眉を下げる。

「だから、話を合わせてくれるだけいいんだって。……じいちゃんが店の外にいるからこの話はおわり。いくぞ?」

まだ少し離れている店の前に立っている小さな人影に自分達の会話など聞こえるはずがないのに、自分ばかりが意識している事が気恥ずかしく天音から顔を背けるとまた早足で歩き出した。

あの時からもうすぐ一年。いつの間にか自然に接する事ができるようになっていたのに。俺ばかりがホント、馬鹿みたいだ。

「じいちゃんただいま。すぐ支度するから、そんな事しなくていいよ。」

「二人ともおかえり。瑛、まだ時間はあるからゆっくりしてなさい。天音さんも、ね。」

「あー。連休!大崎が来てくれるから店開けるよ。じいちゃんは心配しなくていいから。じゃあ、着替えてくる!大崎も、さっさと着替えて!」

「は、はい!じゃあ、マスター、すぐに着替えてきますね。」

既に制服に身を包み、店の前を掃除していたじいちゃんの手から箒をうばいとると、答えも聞かずに店の裏に回り込む。

この時はじいちゃんが休むつもりの日がまさに去年のあの日だった事も、その日に思わぬ事が起こる事も、俺は何も知らなかったんだ。
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