冷えた指先
「ねぇ?天音ちゃんはね?天音ちゃんだけの学校生活を楽しんだらいいんだよ?」
夕暮れ時の公園通り。
空は綺麗な茜色に染まっている。
アルカードを出た時はまだ少し時間も早く、のんびり二人で帰るからと珪くんとは別れていた。
時々買い物に立ち寄る雑貨屋で目に留まったブレスレットを手に取り眺めていると、隣に並んだ美奈ちゃんがまるで独り言のようにポツリと呟く。
その言葉の意味が分からず、横顔を黙って見つめた。
「三年間ってあっという間だよ?一番貴重で一番大事。天音ちゃんの大事な三年間…大切にして欲しいんだ。」
「美奈ちゃん…?」
「なんでも話せる友達や…珪くんみたいな人、見つけなきゃね!」
「それは無理だよ!ぜーったいいないもん。」
「もちろん!珪くんは世界一素敵な人だからね!」
嬉しそうに笑う美奈ちゃんが私の手に自分の手を重ねる。美奈ちゃんの人柄をそのまま表したような暖かい掌は、お昼休みからずっとひんやりとしていた私の手に体温を移していくように感じた。
ふと、その重ねられた掌が動く。
なんだろうと俯くと、私が掌の上に乗せたはずのブレスレットがなくなっていた。
「これ。天音ちゃんに似合うよね?私も気にいったからお揃いにしちゃう!」
「美奈ちゃ―――。」
両手にはひとつずつのブレスレット。色と少しだけデザインの違うそれを顔の横に掲げるとレジへと向かう。
引き止めようと思わず腕を伸ばしたまま立ち尽くした私は、その腕をゆっくりと降ろした。
チャリとケースに並べられたブレスレットに触れ、慌てて視線を向ける。
「―――よかった。壊れてなくて。」
当たってしまったシルバープレートのブレスレットを持ち上げ、傷がないか確認してからホッと胸を撫で下ろした。
真っ直ぐに直しながら元に戻しているとふと、佐伯くんが頭に浮かぶ。それが彼がいつも手首に着けているものによく似ていたからか、なんとなく似合いそうだと思ったからか。
「―――くんは…大切なお友達だけど……やっぱり知られたくないよね。」
知られたとしても騒ぎ立てるような人ではないけれど。どちらかと言えば、まるで興味もなさそうだけれど。
それでもやはり―――。
「天音ちゃーん!」
「はーい。」
レジを終えた美奈ちゃんの声に促されるように顔を上げると、にこやかな笑顔。
この人のこの笑顔こそが一番大切で曇らせたりする事などしたくない。
いつの間にか暖かくなった指先を伸ばし手を上げて合図すると、ほんの僅かだけの心残りをその場に残して美奈ちゃんの元に歩き出したのだった。