冷えた指先

ひとつだけではないお昼休みの出来事を思い出し、がばりと身を起こす。

頭の上に置かれていた珪くんの手が反動で持ち上がり宙に浮いていて、表立って変わらないけれど驚いたような表情を浮かべる珪くんを見つめた。

「それだけじゃないの!あの時、佐伯くんが見てたって!」
「……あの…時?」
「ほら、珪くんと行ったショッピングモール!」
「あ!珪くんの誕生日?」
「そう!佐伯くん見たって!」
「あの日に佐伯くんもいたのかぁ…。ね、ね、天音ちゃんって気付いたって?」

一度だけ瞬きをし、軽く首を傾げる珪くんの横で美奈ちゃんが身を乗り出す。私の焦りとは反対にキラキラと瞳を輝かせ、とても楽しそうだ。

心臓が破裂しそうなくらいドキドキとし、冷や汗まで噴き出したつい先程の事を思い出し首を大きく振った。

「そうじゃなくて…この人に似てるって。でもでもっ!いつかは――。」
「……それならこの先も気付かない。」
「そんなの分かんないよ!」
「…気付かない。…平気。」
「平気じゃないんだってば〜。」

私の必死の叫びにも平然とし、涼しげな表情の珪くんが冷めたコーヒーに口をつける。
その横では自信満々に頷く美奈ちゃん。
何故こんなにも落ち着いていられるのか全く見当がつかなくて、半泣きになりながら再びテーブルに突っ伏した。

「まあまあ、落ち着いて。でも、天音ちゃんがごねてるの久しぶりだね?」
「だって。二人とも気にしなさすぎなんだもの。危機感ないんだもん。」
「……危機じゃないから。」
「はははは。確かに危機じゃないよね。」
「もう!マスターまで!危機、なんです!」

不意に問われる声。椅子の背に腕を回しながら振り返る。今がちょうどお客さんが入らない空白の時間帯だからか、トレイの上にシュガーのガラス容器をいっぱいに並べたマスターが楽しそうに笑う。

私一人が子供みたいに騒いでいるだけじゃないかと頬を膨らませると、店の中にまた笑い声が広がった。
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