策略のマグカップ
そんなに力を入れたつもりはなかったけど、よっぽど痛かったんだろうか?
大丈夫かと尋ねようとすると、先に天音が口を開く。
「もしかして、ずっとお返し作ってたの?」
「あ?あぁ、テストの前の週からだな。」
「じゃあ、疲れてる感じがしてたのって……。」
「種作るのに手間取ってたからな。さすがに一枚じゃ駄目だろうからさ。」
そうすると同じ種類ばかりもな、なんて思って何種類か作っていたら手間も時間も掛かって。……来年はなんとかしないと。
「じゃあ、電話で言ってた用事ってこれの事だったんだ……。」
「あぁ、お前にも渡す手前理由も言えないしさ。つか、次の日曜な!場所は……花見!花見に行くぞ!いいな?」
「え?うん!お花見、だね?私去年行けなかったから、今年は行ってみたいと思ってたの!」
何かを考え込んでいたような天音が、弾かれたように顔を上げて笑う。
くるくる表情が変わって見ていて飽きないが、そろそろ帰さないと明日も学校があるし。
じいちゃんのおかげで、いつもよりはゆっくり話せたけど。
やっぱりじいちゃんには敵わないな。なんて思いながら席を立つ。
「そろそろ送ってく。時間も時間だし。」
「うん。疲れてるのに、ありがとう。じゃあ、これだけ片付けちゃうね?」
「いいよ。それくらい、俺がやるから。それと、じいちゃんのお返しも、な。」
でも、と渋る天音に荷物を取って来いと背中を押す。何度もありがとうを繰り返す天音に苦笑いしながら、カップを片付ける。
じいちゃんが渡したカップを洗いながら思い出すのは、帰り際の囁き。
「瑛じゃ、お揃いのものなんて恥ずかしくて買えないだろうと思ってね。これならお嬢さんも気付かないだろうしね。」
確かに俺じゃ恥ずかしさが先に出て無理なんだろうけどさ。
俺しか気付かないのも、それはそれで恥ずかしいじゃないか。
引き出しから麻製の布巾を取り出し丁寧に拭いていると、制服に着替えた天音が顔を出した。
「用意できたか?なら行くか。」
声を掛けながら俺が使っているカップの隣に並べる。
……なんだか、気恥ずかしい気もするけど。
そう一瞬考えて天音に目を向けると、じっと棚を見つめていたが俺に向かってにっこりと笑った。
「ほら、遅くならないうちに行くぞ!」
気付いたんじゃないだろうな。じいちゃんの策略を。
焦りながら背中を押して店を出る。
扉を閉める前に、もう一度仲良く並んだカップににやける顔を隠しながら。