策略のマグカップ

「それでは私は帰りますね。瑛も、あまりお嬢さんを引き止めないように。明日も学校なんだから。」
「分かってるよ。」
「じゃあ、天音さん?今日もお疲れ様。今度からはそのカップでお茶しましょうね?」
「はい!本当にありがとうございました!」

天音には笑顔、俺にはちょっと眉をひそめて店を出る。
扉まで見送ると、天音には聞こえないくらいの声で囁いて少し笑った。

……一言余計なんだよ!

少し乱暴に扉を閉めて振り向くと、目を丸くしている天音。

「ど、どうしたの?」
「なんでもない。いいから、座って。まだ時間いいだろ?」

目に付かないよう棚にしまってあった箱を天音に渡すときょとんとした顔。

今の流れなら普通気付くだろ!

「俺もお返し!まぁじいちゃんよりはたいしたもんじゃないけど。」
「あ、ありがとう。佐伯くんからも貰えるなんて思わなかった……。」
「なんでだよ?」
「なんでだろう?……開けていい?」
 
曖昧な返事で首を傾げる天音にチョップして、どうぞと薦めるといそいそと箱を開け始める。
その姿を見ながら、じいちゃんがこう来るならもっと手を掛ければよかった、なんて軽く後悔。

「わ!凄く手の込んだクッキー!ね、お客さんに渡していたのもこれも、おんなじ店のものなの?」
「お前、バカ?俺が作ったのに決まってるじゃないか。買ったらいくらすると思ってるんだ?」
「え?全部?もしかして、学校で渡してたのも全部!?」
「そう、全部!まったく、これだからこんな行事は嫌いなんだ。時間ばかり取られるしさ。」

頬杖をつきながら、最後の言葉は店に来る客や、学校の女子を思い浮かべて愚痴を呟くと、天音が小さくごめんと呟く。

「そうだよね。買ってたら大変な事になっちゃうよね。…ごめんなさい、そこまで考えてなくて。」

俯く天音に、しまったと思いながらもどうしたらいいか分からず苦し紛れにチョップをいれる。

「……いたい。」
「お前、ほんとにバカ。迷惑ならお前だけ別のなんて用意しないし、この間の誘いにだって乗ってる。」
「この間?それって土曜日?」
「あぁ、他のも思ったより時間が掛かったのもあるんだけどさ。他のとは別に作りたかったから……って言うかあの電話!俺が次の日曜ならって言ってるのにさっさと切りやがって!」

思い出して、今度はこっちを見ている天音のおでこにチョップをいれると、『いたいよ』とおでこをさすった天音がピタリとその手を止めた。
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