10 喧騒の中の静寂

ひらひらと手を降りながら保健室へと戻る背中を見送り、真っ直ぐになったソファーの向こう側を覗き込む。

「………私物化しすぎてるわね……。」

そこには正方形の小さな冷蔵庫が置かれていて、思わず独り言を呟いた。
そして、ベット状態のソファーに腰掛け、ぐるりと部屋を見渡す。
窓は片側だけ。日除けの意味もあるのだろう白地のカーテンは引かれていて、太陽の明るさを感じる程度だ。
空気の通りがないから特有の薬品臭さは感じるけれど、誰も来ない静けさはあっち以上で、本当にゆっくり出来そうと小さいクッションを軽く叩き枕がわりにしてゴロリと寝転がった。
保健室のベット以上に遠くに聞こえる人の声やざわめき。
窓が少ないだけでこんなにも違うのか。
今は彼女が隣にいるから大丈夫だろうけれど、そうでなかったら目が覚めたら確実に夜になっていそう。

「それって結構ホラーよね」

ホラーハウスなんかだと、廃墟の病院なんかをモチーフにしたりするから、あの薬品棚とかあんまり気持ちがいいものじゃないかも。

「ま、理科室よりはマシか。」

そもそもこの学校にあるのかは知らないけど、人体模型とかホルマリン漬けの何かとか。
怖がりじゃないけど、真夜中の一人きりはちょっと勘弁して欲しいかも。

「せめて夕方までには起きなきゃねー………。」

誰もいないのをいい事に大きな欠伸をひとつ。そのままゆっくりと目を閉じた。

********

薄い硝子の壁の向こうで人の声がする。
そんな錯覚を起こすのは、眠りが浅くなっているから。
頭と身体は眠っているのに、嗅覚だけは起きている感じ。
消毒薬の匂いの隙間から漂ってくる暖かな香り。

「………寝込みを襲うなんていい度胸ね。」

目を閉じたまま呟くと、真近くで小さく息を呑む声。
そのままゆっくりと瞼を開ける。
やはりというか案の定と言うべきか、30センチぐらいの距離でバカ白髪が見下ろしていた。

「まっ!まだっ!なにもしてないしっ!」
「………まだ?」
「しない!本当にしないって!」
「あんたは信用出来ないのよ。」

両手を胸の前で何度も交差させながら飛び退くように仰け反る佐伯。
膝をついているところをみると、どうやら水槽か何かを覗き込む子供のように私を見ていたようだ。

「で?なんであんたがいるのよ。」

ゆっくり起き上がる私に合わせて佐伯もまた立ち上がり後退りする。
ちらりとローテーブルに目を向けると、トレーの上に乗ったコーヒーカップ。
まだ黄色いエプロンをつけている辺り、なんだかんだと言い訳しながら逃げてきたのか。

「朝から見てないし、海野も来ないって言ってたからここかと………。これ、差し入れ。」
「そうじゃなくて、なんでここにいるの?って意味なんだけど。」
「それは―――。」
「私が教えたからよ?」

ガチャとドアが空き、コーヒーカップを手にして胸を張る校医。
そんなこと、言われなくても分かってる。

「あのね。私が制服脱いでたらどうすんのよ。」
「ぬっ!?」
「あら?別にいいんじゃない?個室なんだし。」
「いいわけないでしょ。なにかあったらどうすんのよ。」
「なにかっ!?」
「そうねぇ………避妊はだいじ。」
「もう、けしかけないの。」
「ひっ!?ひにっ!?」
「佐伯はウルサイ。」

空いた片手を頬に当てながらすっとぼけるのを見上げるように睨みつける。
佐伯は片言にもならない日本語以下の言葉を金魚のように口をパクパクさせて漏らしていた。
そろそろ私達のやりとりにも慣れていいはずなのに、未だ一番の純粋乙女だ。

「それじゃ、佐伯くん、ゆっくりしてってね?これ、ごちそうさま。」
「あ、はい!後で僕がカップ片付けますから!」
「そう?それじゃよろしくね〜。」

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