08 喧騒の中の静寂

「よくこんなに作れたわね。あんな短時間で」

受け取ったお椀をテーブルに置き、改めて並んだ小鉢を眺める。
メインは焼き魚。お浸しやら煮物やら、所謂おふくろの味的な和食が並んでいた。

「短時間!?あれが?!」

くるくるとキッチンを回っていた佐伯が素っ頓狂な声を上げ、ぴたりと動きを止め私を見つめる。
まるで、この世の衝撃的な物を集めて、それを初めて見たとでもいうように。

「バカね。女には色々必要なのよ?覚えておきなさい?」
「そ、そうなのか……」

驚愕の表情を浮かべたまま小さく呟く佐伯。
別に色々必要なわけではないのだけど、経験値が圧倒的に足りない以前に、経験値そのものがない佐伯はそれで納得したらしい。
これが光輝ならそうはいかず、「単純に貴女が長風呂なだけでしょう?」とか言うだろう。

「ねぇ、どうでもいいんだけど、あんたいつまでいるの?」

カウンターを回り込んだ佐伯が何故か私の向かいに座るのを目で追いながら、さっきから浮かんでいた疑問を佐伯にぶつけた。

「いま来たばっかだろ!」
「え?昼からいたじゃない。ボケたの?」
「ボケてない!一緒に飯食うの!」

勢いよく箸と茶碗を持ち上げる佐伯。
なにが楽しくて一日中こいつと一緒にいなきゃならないのか。
しかも、呼んでもいない自分の家で。

「はぁ。時間、戻らないかしら……そしたら絶対あんたを撒くのに……」

帰る気がまったくない佐伯と顔を突き合わせながら遅い夕食。
根菜の炊合せの中から里芋を摘み口に放り込む。
体育祭の時も思ったけど、旨い。腹が立つほどに。

「なんでそんなに嫌がるんだよ。いいだろ」
「どこがいいのかさっぱり分からないわね」

そう。こうやって人の領域に当たり前のように踏み込んでくるんだからまったく良くなく、むしろ悪い。
こいつがこういうのに慣れたら、またろくでもないフラグが立ちかねない。
それがなくても、あかりちゃんとは微妙な距離感なんだから。
バイトは一緒なんだし、私より遥かに同じ時間を過ごしているはずなのに、一歩も二歩も進んだ雰囲気はなく、どちらかといえば、三歩も四歩も下がっている気がする。
あれなのか?喧嘩するほどというやつ。

「なぁ。もしかしてマズイ?」

余程険しい顔で小鉢の中の根菜を箸で転がしていたのか、佐伯の声が妙にオドオドしている。

「美味しいわよ?ただ……」
「ただ?」
「私がこんなに食べると思うの?」

定食で言えば、軽く二人前程もありそうな小鉢が並んだテーブルを見つめたのだった。

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