22 秋の芝生はまだまだ青い

「私ってさ……案外バカなんだって気付いたのよ」
「薮から棒になんですか」
「いや、こう……後先考えないというか……」

漸く解放されたその日の夜。夕食を終えて、お茶を出す光輝から湯呑を受け取りしみじみと告げる。
いつものように、ワイシャツにエプロン姿の光輝がどこから湧いて出たのか、お盆を小脇に抱えて首を傾げた。

「今更気付いたんですか、貴女」
「うるさいわね。そうなのよ!あそこまでやっちゃったらそうなるに決まってるのよ!これからどうしたらいいのよ私!」

呆れたように言う光輝。他人に、いや、こいつに言われるとムカつく。
ドンと湯呑をダイニングテーブルに叩き置き、頭を抱えた。

「なんですか。やっちゃったんですか?」
「やってない!っていうか、あんたまでなんて事言うの!」
「貴女が言ったんでしょう?やったって」
「そうだけども!あー!もう!」

片付け途中の光輝は、話半分で聞いているのか、私の後ろを行ったり来たりしている。
どう考えても、仕事の苛々をぶつける旦那と甲斐甲斐しい嫁の絵面だ。

「で?何をイライラしてるんです?欲求不満ですか?」

頭をガシガシと掻く私のただの真後ろで足を止めた光輝が溜息を吐いた。
のんびりとした口調から出るとは思えない言葉だ。

「悪かったわね、欲求不満で」
「オヤジですか。貴女は」
「仕方ないでしょ?こっちはありとあらゆる禁欲生活なのよ?不満も溜まるわよ」

背もたれに勢いよく背中を預け、世界を反転させて光輝を睨みつける。
逆さまの光輝は呆れ顔だけれど、多少道が外れる事があるにしろ、充分健全な生活で我慢していると思う。
許可なく連れて来られたんだから、本人に八つ当たりしてもバチは当たるまい。

「はぁ……仕方ないですね。では……」
「え?!お酒でも出してくれるの?」
「それは無理です。貴女、未成年ですし」
「ケチ」

だったら期待させないでよ。
一瞬でも喜んだ私がバカみたいじゃない。

「そうですね。……では、ベットに行きます?それとも先にお風呂がいいですか?」
「は?なにさらっとかましてんのよ」
「欲求不満って言ったじゃないですか」
「言ったけどなんであんたが相手なの」

さらっとまるで当たり前のような流れ。
しかも、いつぞやに聞いた新妻のような台詞。

「駄目でした?」
「いいも悪いも、今の私っていくつよ」
「あーー。アウト、ですね。私が」

今更思い出したように両手を打つ光輝。
いそいそとエプロンを外して、キッチンの壁にいつの間にか取り付けられたフックに掛ける。

「まぁ、同い年ならいいんじゃないですか?青春の1ページって感じで。それでも気が引けるようならお相手になりますからいつでもどうぞ。では、今日はこのへんで」

どいつもこいつも気楽に言ってくれるわよね。こっちはそうそうお気楽になれないわよ。

「ホントに……どうしたらいいのよ」

遠くに聞こえる玄関に鍵をかける音を聞きながら、私はまた頭を抱えたのだった。

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