「おまたせ。ご希望通り着替えてきた―――。」
リビングの扉を開け目に飛び込んできたのは、相変わらずソファに魔王座りする葉月の姿だった。
冷蔵庫を開けたのか、ミネラルウォーターを片手に持っている。
「ああ……、似合うな。それ。」
「あんたねぇ。」
初めて来た他人の部屋で我が物顔でくつろぐ葉月の姿にがっくりと両肩を下げた。
とにかく。このままではいけない。この男のペースに飲まれては。
「出掛けるんでしょ?ほら、行くわよ?」
「……このままでもいいかな。……俺。」
「居座ろうとしないの。あんたから誘ってきたんでしょ?」
窓から差し込む陽の光の暖かさに満足したのか、顔を外に向けて目を細める葉月。
―――おまえは猫か。
そんな言葉を飲み込みつつ、ペットボトルを取り上げると腕を引っ張った。
渋々といった感じでなすがままの葉月。
誘ってきたからにはプランのひとつでもあるのだろうが、こうまでマイペースだとこの先も色々大変そうだ。
「で?今日はどこにいくつもりなの?」
文字通り、ずるずるとバス停まで葉月を引っ張ってきて、看板に書かれた時刻を確認する。
いくつかのコースはあるが、本人しか乗る路線は分からないのだから、私が見ても仕方ないと葉月に顔を向けた。
きょとんとしつつ首を傾げる葉月。なぜだ。
「……さあ。」
「さあ…じゃないでしょ!あんたがここって指定したんでしょ!」
「これ……目印になるかと思って。……そうだな。」
私の頭の上から腕が伸び、指で時刻表をなぞる。
―――指、長くて綺麗だな。じゃなくて。
すらりと長い指に思わず見とれ、慌てて首を振る。
「……今の時期なら…ここ、だな。」
それはどこだと聞き返す前に滑り込んできたバスに二人で乗り込む。
そして着いた場所は―――。
「どうしてわざわざバスで来なきゃならないのよ。」
両脇に桜並木。煉瓦造りの散歩道になったここは、特別珍しい場所ではない。
デートの時の待ち合わせならばここの入り口。はっきり言えば、近所の公園扱い。そして、こいつのテリトリーの中だったはずだ。
「待ち合わせ……バス停だったから。」
「は?ここなら歩いて来れるでしょ?乗る必要ないじゃない。」
「まあ……気分?」
「あんた、絶対バカでしょ。」
11 秋の芝生はまだまだ青い